僕は結局星華ちゃんが知らない男子生徒に手を振るまでただ突っ立ったままだった。噂や一樹の話で星華ちゃんの浮気癖については聞いていた。知っていた。けれど現実、目撃したその状況は僕に想像以上の衝撃を与えている。

「誉、誉。」

いつのまにか僕のすぐ傍まで来ていた星華ちゃんが僕の顔の前でひらひらと手を振る。

「あ、えっと。」

「びっくりした?ごめんね。」

そう言って笑ったのは確かに僕の知る星華ちゃんで、一樹の隣に居る星華ちゃんだった。なんだかそれに苛立った。

「なんで、そんな一樹を裏切るようなことっ!」

思わず声を荒げた僕に星華ちゃんは驚きも怯みもせず笑う。

「戻っただけだよ。前に戻っただけ。」

「何言って・・・」

「分からなくていいよ?誉は知らないんだもん。」

張り詰めたような空気を引き裂くようになった携帯の着信音は星華ちゃんのもので彼女は僕から携帯に視線を移した。そして、携帯を少し操作して閉じた後また僕を見た。

「星華ちゃん」

「ごめんね誉、私用事出来ちゃったから行くね。」

「他の、男?」

恐る恐る問うたけれど星華ちゃんは答えずに僕の横を通り過ぎる。そのとき星華ちゃんからふわりときつい香水の匂いがして気持ち悪くなる。

「星華ちゃん!」

せめて答えをもらおうと振り返り背中に向かって名前を呼べば星華ちゃんはピタリと止まって顔だけ少し振り返る。

「かずくんに言ってもいいよ?」

いつものようにおどけた調子で放たれた言葉の意味と星華ちゃんの表情とあまりに不釣合いで。

また歩きだした星華ちゃんはその後何度呼んでも振り返ってくれなかった。



殴られた錯覚

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