"詮索はしないから付き合おうよ"

町の楽譜屋で出会って親しくなった颯斗に数ヶ月前そう言ったのは確かに私だ。実はこの言葉を言ったとききれーな笑顔で「いいですよ。」なんていわれるとは思っていなかったけど。

「今日はアッサムです。」

小さな音を立てて華奢なティーカップが私の前に置かれた。二つ目のティーカップが机に置かれ私の向かいに颯斗が座った。

「ありがとう。」

「いえ、名前さんに紅茶お淹れするの好きですから。」

人形のように美しく笑う彼の口から零れる"好き"という言葉にはいつだって陰りがある。もちろん私に"好き"と言うときもだ。

仕事の資料に視線を落としつつ気づかれないように颯斗を伺う。颯斗の仕草や表情は高校生のそれとは遠い。彼の瞳は世界にひどく絶望しているような、いや、彼の瞳は世界など映していないのかもしれない。

紅茶を上品に啜った颯斗がその瞳で私を見つめた。だけどそこにきっと私は居ない。

「誰を見てるの?」

視線を資料から外し颯斗にそう問えば完璧に颯斗は笑う。

「何を言っているんですか?名前さんを見ているに決まっているじゃないですか。」

「そんなに苦しそうな、恐れる人を見るような目で彼女を見るんだ?」

私の言葉に颯斗は驚いたようで一瞬仮面外す。しかしそれはちょっとめくれた程度でまた元通り。

「それ、どんな目ですか?名前さんは今日も美しいなって思ってたんですよ。」

「ああ、そう。ありがとう。」

彼はきっと年上の女を恐れている。そして年上の女に愛を求めている。
だけど私は、始まりの誓いの通り詮索はせずに颯斗がその瞳の向こうに居る年上の女の正体を零すまで待つことにしよう。



Vowing

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