闇夜の虫は光に集う


神楽ちゃんは来島また子を、新八くんは武市変平太を相手に戦っていた。
接近戦を得意とする神楽ちゃんは素早い動きで相手との距離をじわじわと詰めている。対する新八くんは実践慣れしていないせいか、刀を持つ手がカタカタと震えていた。

「ふんごをををを!!」
「ふむふむ、道場剣術はひとしきりこなしたようですが真剣での斬り合いは初めてのようですね…。震えてらっしゃいますよ」

「新八くん、」

助太刀しようか、と口を開いた時だった。
爆発音や刀同士がぶつかり合う音に混じって聞こえる、微かに聞こえる程度だが、迷いなくこちらに向かってくる足音が。


「……驚いた、耳がいいでござるな」

至近距離に刀の切っ先を突き付けられても一切物怖じしないこの男。
レザーコートのような丈の長い服、目元を隠すサングラスにヘッドホン。背には三味線が背負われている。ただの三味線じゃない、仕込み三味線だ。

間違いない、人斬りで、鬼兵隊幹部の、

「河上、万斉…!」
「如何にも。先程まで雑魚の相手をしておったが手応えが無くてつまらん。お主に一手死合うて貰おうか」

「!!」

一気に膨れ上がった殺気に当てられ、その場から飛び退き距離を取る。いつでも鯉口を切れるよう刀に手を添えると、待ってましたとばかりに踵を鳴らし片足を一歩前に出した。
三味線に仕込まれた刀に手を掛け、するりと引き抜いたそれはやや細く鍔の無いシンプルなもの。

踏み込むタイミングは同時だった。



▲▼



刃と刃がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。

「っ…!」

重たい。
一撃一撃が、まるで全体重を掛けてくるような重さだ。そりゃあ近藤さんよりは軽いけど、衝撃で手が痺れる。
まともに打ち合ってはこちらがもたないだろう。

タイミングを見計らい、相手の刃を躱し僅かな隙をついて畳み掛ける。一気に壁際まで追い詰め、足で相手の刀を叩き落とし首筋スレスレに刀を突き刺した。

「動いたら首が切れますよ」
「もう一本隠し持っていたとは、なるほど動けぬ」
「……あの、本気出してませんよね。目的はなんですか」

千人斬りの万斉と恐れられる河上万斉が、私なんかに優位を取られるなんて、有り得ないのでは。
今だって両手がガラ空きだ。殴るぐらいできるはず…。
高杉の元へ行かせない為の時間稼ぎであることは間違いないだろう。でも、手加減する理由は?鬼兵隊にとって真選組は邪魔者であり、単騎で乗り込んで来た私を消すには好都合なはずなのに。

なんて事を考えていたのだが。
刀を握ったままの手に、指の間に生暖かいものが這い、なんとも情けない声を上げて飛び退いた。

「な…!な、なに…ッ!!…!?」
「なにって、指を舐めただけでござる」

「人の指を舐めるな───ッ!!」

丁度口元付近に私の手があったから舌を這わせてみたとのこと。
いや、なんで!?普通舐めたりしないよそういう性癖の持ち主なの!?指って意外に敏感なんだよ!?くすぐったいんだよ!?ゾワゾワする…!


「動揺はミスを誘発し、命取りになる」

先程とは打って代わり正確に首元を狙ってくる刃を受け止めそのまま鍔迫り合いになり、圧倒的な力の差で確実に圧されていく。
攻撃の手を緩めない相手のペースに飲まれた今、守りに徹するので精一杯だ。

ほら、やっぱり今までのは本気じゃなかった…!

少しでも距離を取りたく一本後ろに下がるが、船内に散らばった木片やら配線やらを踏み体勢を崩してしまった。これを見逃すはずも無く、好機とばかりに床に叩き付けられる。

「ッう…!」
「形勢逆転、でござる」

刀は蹴られて離れた位置に転がっている。
近藤さん、土方さん、総悟くん。退くん。弱気になりたくないけれど、ごめんなさい。これは無事に帰れないかも…屯所を出る前に近藤さんと約束したのに…。

「女子にしてはなかなかやるでござるな」

呻き声を上げる私に馬乗りになった河上万斉は、僅かに口角を上げ、そして。

己の刀を私の首目掛けて振り下ろした。



……痛く、ない。
ガツンという音に恐る恐る目を開けると、真横に刀が突き刺さっていた。

「拙者が本気を出していたら、今頃首を取られているでござるよ」

「…なぜ、どういうつもりです…?」
「拙者の役目はあくまでも足止め。晋助は最悪殺しても構わないと言っていたが…お主を殺すのは、どうも気が乗らぬ」
「はぁ、」

何事もノリとリズムでござる。突き刺していた刀を引き抜き、鼻歌を歌いながら呑気に土埃を拭っている。
数メートル先で来島また子が、先輩仕事して下さいッス!!と叫んでいるがガン無視である。それでいいのか河上万斉。

「ところで名前殿。今江戸でイチオシアイドルの寺門通を知ってるでござるか」
「この状況で何言ってるのこの人…名前と、最近ニューアルバム出したってことぐらいしか知りませんけど!?」
「それはいかん。一度聞くべきでござる」
「いやいや、私なんかより他に興味持ってくれそうな人に勧めて下さいよ」
「拙者のオススメはこれでござる。この間リリースされたポリ公なんざクソくらえ」
「さては人の話聞く気ないんですね」

結局、私の耳には太極図が描かれたヘッドフォンが付けられた。言わずもがな河上万斉の、だ。
大音量で流れるポリ公なんざクソくらえ!という、真選組である私にとってはなんとも反応に困る歌を聞かされているのだけど、なんでこうなった。あの痛いぐらいの殺気はどこに行ったの。

ついさっきまで首を斬られそうになっていたのに、寺門通を推されているこの状況を誰か説明してほしい。
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