線路で遊んじゃいけません



どれくらい時間が経っただろうか。
総悟くんはあれから私に寄りかかったまま糸が切れたかのように微動だにしない。周囲に倒れる隊士の数からしてかなりの人数を相手にしたのだから、当然と言えば当然だ。屯所に帰ったら連休と残業代、たんまり貰おうね。

近藤さんの安否とか土方さんは自我を取り戻せたのかとか、伊東さんの事とか。線路沿いで鬼兵隊とドンパチしている万事屋含む隊士達の事とか。気掛かりな事は多々あるが、座った位置からはいくら首を伸ばしても空しか見えず、外の様子は分からない。列車の走行音と外部の喧騒、爆発音や発砲音に混じって複数人の話し声がかすかに聞こえるだけだ。
様子を見に行くにしても満身創痍の総悟くんを起こしたくはないし。さて、どうしたものかと考え込んでいると背後のドアがバリバリと音を立てて剥がされ、それで敵を殴り付ける神楽ちゃんが現れた。その足元では鬼の形相で踏ん張り足場となっている土方さん。
切り離された先頭車両と私達のいる第二車両の間に挟まるようにひしゃげたパトカーが走行しており、さらにそのパトカーと第二車両の間で土方さんが踏ん張っているという、ツッコミどころ満載の謎の状況だ。


「なんですかィ、アレ」
「あ、起きた」
「沖田でさァ」

ドアを剥がす音で起きたのか、ゆっくりと頭を上げて私の背後を眺める総悟くん。ぼーっと眠たそうに眺めていたかと思うと、すぐさまニタァとした笑みを貼り付けふらりと立ち上がる。

「ヘタレオタクから女子に踏まれて興奮する性癖持ちにランクアップかよ気持ちわりー。あ、女子じゃねーや雌豚の間違いだった」
「誰が雌豚アルかクソサド!!超可愛くて超強い美少女ネ!!」
「そんな癖持ってねェしお前は人の上で地団駄踏むなァァア!!!!」

口調、表情、何より雰囲気が。間違いない、いつもの土方さんだ。なよなよして変にクセのある話し方をしていたオタクの人格は消え失せたって事でいいのかな。それってつまり厄介な村麻紗の呪いに打ち勝ったって事だよね?少ししたらオタクに逆戻りとかないよね?!期待させておいてまた落とすとかないよね?!仏じゃないしこんな状況だから二度目で怒っちゃうよ、私。

総悟くんに手を引かれ、土方さんをふんのぼってこっちの車両へと移動して来た近藤さんも元気そうだ。全身煤けているのが気になるが、残業代の心配をする総悟くんに「トシが勘定方に掛け合ってくれるから大丈夫だ!」なんて、いい笑顔を向けるくらいだから体は大丈夫なんだろう。

ところで、土方さんはいつまでそうしているつもりなのか。パトカーと車両が接触しないように咄嗟に取った行動なのだろうけど、人の力では列車の動力に適わないのは考えなくても分かる事。緩衝材にしてはあまりにも脆い、このままじゃ潰されてモザイク処理される展開待ったナシだ。

急いでパトカー内に残っていた新八くんを移動させ、次いで割れたフロントガラスから這い出て来た銀さんに手を伸ばす。
運転手が不在、且つ助手席側の後輪を失っているパトカーはガタガタと車体を揺らしながら列車に押されて進んで行く。不安定な足場だし離れていた先頭車両は減速して迫ってくるし、その車両には少し前に後方車両へ向かって行ったはずの伊東さんが立っているし、黒いバイクは線路を逆走してこっちに突っ込んでくるし。
え、と思った瞬間には勢いそのままにパトカーへ乗り上げ、銀さんを跳ね飛ばしていた。

えええ万斉さん何してくれちゃってんの!!?自分は手出ししないって言ってたのは私の聞き間違い……な訳ない…!!銀さんは別ってことなの?!
身を乗り出して後ろを見るも落下の衝撃で倒れ込む銀さんと、バイクに乗ったまま刀を振りかぶる万斉さんの姿が、舞い上がった濃い砂塵に飲み込まれて行く様を見つめる他無かった。



▲▼



決着を付ける。
そう言って、今まで積もりに積もった不満や怒り、負の感情をぶつけるかの如く、激しい交戦を始めた土方さんと伊東さん。凄まじい殺気のぶつかり合いだ、こんなの見てるこっちが震えるわ。
万が一巻き込まれたらひとたまりもない。
邪魔にならないよう一車両後ろへ下がり、後回しになっていた総悟くんの止血を行う。利き腕の傷は他より痛むようで、強めに絞めると小さく呻き身体を震わせた。

一緒に連れて来た新八くんと神楽ちゃんは、絶えず聞こえる甲高い金属音や身体を打ち付けるような鈍い音が気になって仕方ないのだろう、開けっ放しの扉から見える二人の姿を不安気に見つめている。
そりゃあ不安だよね。ただでさえチンピラ警察とか呼ばれてるガラの悪い真選組と、鬼兵隊と組んだ裏切り者達との命懸けの戦いに巻き込まれているのだから。もしもの時に二人を守ってくれる銀さんとの距離も大きく離れてしまった訳だし。
銀さんが居ない今、我儘に付き合ってここまで来てくれた二人を護るのは私の役目だ。ただ正直な所、総悟くんと互角に戦える神楽ちゃんの方が遥かに強いから逆に守られてしまうのではとか、そんな事をぐるぐる考えていたらちょっと情けなくなってきてしまった。

「…銀さん、大丈夫かな。あの万斉って人かなり強いですよね?!絶対ヤバい奴だよ…」
「あの人の本気を見たことは無いけど。大丈夫だよ新八くん、銀さんは強いよ」
「そうだヨ新八ィ。あいつ名前ちゃんの上に乗っかってたし、それってつまり名前ちゃんより強いんだろうけど、それでも銀ちゃんの方がもっと強いアル!!」
「神楽ちゃんちょっと一言多かったね」

神楽ちゃんの「乗っかってた」発言にぴくりと反応し、じろりとこちらを見上げる総悟くんにギチギチと音がなるほどに袖口を握られる。言わんこっちゃない。前髪の隙間から覗く目はギラギラ光っていて、片膝立ちになっている私より下からの視線だというのに威圧感が半端ないんだけど…誰ですかベビーフェイスだのかわいいだの言ってるのは。

「姉御ォ、帰ったら詳しく聞かせろ下せェ」
「ええ…凄く嫌なんだけど……、ああもう、わかったから利き腕に力入れるのはやめなよね。止血した意味ないし痛いでしょ、それともアレなの?自分自身に対してもドS貫くの?」
「…なわけあるかィ」

むすっと頬を膨らませ渋々ながら手を離した総悟くん。すっかり真っ赤になってしまった包帯を取替えたいところだが、あくまでも応急処置用に持ち歩いていた物だから如何せん長さが足りない。
仕方ないが今は我慢してもらおう。


応急セットを片付けながら、鬼兵隊の戦艦に乗り込んだ日のことを思い返す。
神楽ちゃんが言ったように、確かにマウントを取られたし痛い程の殺気を飛ばされたし殺されそうにもなった。確実にとどめを刺せる状況にも関わらず気が乗らないとの理由で生かされ困惑したのも記憶に新しい。今日なんて刀を抜くどころか「殺す気も死なす気もない」なんて、私あなたにとって敵対する組織の人間なんですが。
おまけに助言紛いな言葉まで掛けて。…………って、ちょっと待てよ。助言と言えば、橋が近くなったら離れろ的なことを言ってた気がする。
しまった、武州行きの列車に乗るのは初めてだからどの辺で橋に差し掛かるのかも全く分からないんだった…!

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