全てを染めてしまいたい

沖田side.

圧倒的に力の差がある敵を前にした時、その実力差を覆すには数に頼るのが一番だ。
いつだったか自分が口にした言葉だが、まさかこんな所で自分が食らうことになるとは思いもしなかった。

ジャスタウェイで車両を爆破、伊東派の隊士を大幅に減らし戦力を削ったはずなのだが………。これは一人対何人の状態なのか。斬っても斬っても湯水の如くどんどん湧いて来やがる。
伊東が残した連中はヤツの下に付いてただけあって、そこそこ手応えのある者が多い。加えてかつての仲間ということもあり無意識のうちに情が湧いたのだろう、一瞬の隙を突かれたか背中に走った鋭い痛みに呻き声が漏れる。
目の前の敵をいなし振り返るといくつもの切っ先を向けられており、じりじりとにじり寄られる。自分の背後には先程伊東が出て行った車両ドア。形だけだが、追い詰められたこの状況に思わず乾いた笑いが出た。


「はは、なかなか、やるじゃねーか…よく鍛錬したなァお前ら…」

些か血を流し過ぎたか、貧血特有の気持ち悪さと目眩まで出てきやがった。ちくしょう、こんな時に。皮肉な事に、鼓動に合わせて脈打つ痛みのおかげではっきりと意識は保てている。とは言え体力的にも長期戦はダメだ、早めに片を付けないと。一気に薙ぎ払いたいところだが、利き腕を負傷したせいで思うように刀が振るえない。しかし振るわない以外の選択肢も考えを巡らす暇もない、なんてったって相手にとって俺を叩く絶好のチャンスなのだから。
振り上げられた無数の刀を受け止めるべく痛む腕を構え、直後に走るであろう激痛に身構えていたが───それらが自分に届く事は無かった。


「は……、」

背後のドアを開け、するりと入って来た人物が自分の代わりに刀を受け止め跳ね返していたのだ。呆気にとられる俺の前に背を向けて立ったかと思うと、そのまま軽く踏み込んで間合いに入り込み、急所を僅かに避けるように切り付け貫いていく。
迷いの無い剣筋、男の見た目にしては肩幅の狭い華奢な体。血なまぐさい匂いに混じる白檀の香り。振り返りこちらを見下ろす優男、の面をした姉御が立っていた。


「押されるなんて珍しいですね、沖田隊長?……なんてね」
「……そーゆー気分だったんでさァ。なに、ちょっと遊んでただけですぜ」

掛け慣れないのかサイズが若干大きいのか、伊東を彷彿とさせるスクエア型の眼鏡を押し上げ、眉間に皺を寄せてこちらを見る姿に何とも形容しがたい感情が湧き上がる。明らかに伊東を意識して作った外見に、姿を偽る必要性はもう無いはずだとかそんな角ばった眼鏡、外しちまえばいいのにとか。全て伊東を慕う隊士に扮する為にしている事だと頭ではよく理解しているのに考えれば考える程もやもやは募る一方だ。

……いや今はそれよりも。こんな所で足止めを食らっている暇はない、さっさとこの場を切り抜けて近藤さんを迎えに行かないと。
同じ釜の飯を食い、鍛錬に励み、肩を並べて戦った仲間だろうが、今となっては謀反を起こした裏切り者以外の何者でもない。情けをかける理由もない。宣言通り粛清してやる。
再び刀を握り直し、目を逸らさずに振りかぶる。その間ガラ空きになる俺の背後に、言うなれば死角に入り込んだヤツは姉御によって倒され、既に絶命していた隊士の上に転がった。

戦いやすくて堪らない。こんな状況だと言うのに久々の共戦に口角が上がってしまう。
自分が対処しきれない奴はすぐさま姉御が相手取り切り倒す…まさに痒いところに手が届く、と言ったところか。一対一ではそれ程驚異に感じないが、サポートに徹したら途端に強さを発揮する。足りないところを補い、決して邪魔はしない。それが姉御の一番の強みだ。いくら隙を見て仕掛けようが、姉御が居る限りそれは容易な事ではないのだ。相手にしてみりゃたまったもんじゃないだろう。


気が付くと、辺り一面に飛び散った赤がかつての仲間を染め上げていた。
立っているのは俺と姉御だけ……終わったのか。安堵感やら目眩やらで崩れ落ちるように座り込むと、心配そうに眉を下げた姉御が隣にしゃがみ込んだ。

「来るのが遅くなってごめん。待ってね、今…」

止血すると言って自身のスカーフに伸ばした手を遮るように絡め取り、姉御の肩口に額を押し付け寄り掛かる。

「ちょっと、状況分かってる?止血しないと死んじゃうよ」
「このぐらい、大丈夫でさァ。でもちっと疲れちまったんで、このまま休ませて下せェ」

とにかく、今は顔を見られたくなかった。
こんな姿を見せるはずじゃなかった。…そんな顔させるはずじゃなかった。きっと自分の顔は諸々の感情と痛みも相まって酷く歪んでいるに違いない、こんな自分を見られたくない。
自分とそれ以外の者の血で濡れた服は体にベッタリと貼り付き、不快感を煽り鉄臭さを放つ。目前にある隊服の内側から香る白檀を、己が纏う生臭い血の匂いで上塗りしているような、そんな状況に頭がくらくらしてしまった。

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