テロリストも甘いものが好きかもしれない


さて、このヘッドフォンをどうしようか。
先日の紅桜篇で交戦した河上万斉の私物をうっかり持って帰って来てしまったのだ。
岡田似蔵から鉄子ちゃんを守った際、ヘッドフォンがずり落ちて肩に掛かり、落ちること無くそのまま掛かっていた…と、思う。いつの間に入れられたのか、隊服のポケットにiPodまで仕込まれていた。入れる暇があるならヘッドホンを回収してよ。

「どうしよう…街中でばったり遭遇なんてほぼないだろうし」

今まで見回りをしていても姿を見た事は無いもんなぁ…。かと言って、ヘッドフォンとiPod返しに参りました〜って鬼兵隊に接触するのもどうかと思うし。
危険人物リストに掲載されていた顔写真でもヘッドホン付いてたし、これ絶対日常的に使ってる物だよね。…無くなって困っていたりするかな。

「うん…とりあえず後で考えよう、せっかく非番なのに一日無駄にしてしまう」

持っていたヘッドフォンとiPodを布団の上に置き立ち上がる。
寝間着から休日にしか着ることの無い着物に腕を通し帯を締め、草履を履いて屯所の戸を開けた。



▲▼



「平日でもこの混みよう…さすがスタバァ」

新作のフラペチーノを飲みたくてスタバァに来てみたものの、店内は沢山の人や天人達でいっぱいだ。
数分並んで注文をし、バーカウンターで待つ。
携帯を開くと総悟くんからジャンプ買ってきてくだせェとのメールが届いており、あぁ、今日は発行日かと気づく。
局中法度でマガジン以外の雑誌を読むのは禁止とされているけれど、隊士のほとんどはジャンプ派だったりする。土方さんには内緒だが私もジャンプ派だ。
「了解」とだけ打ちメールを送る。送信中の画面を見ている間にも隣に人が立ち、音楽を聞いているのかシャカシャカと微かな音漏れが聞こえる。

何の気無しに横目で見て、後悔した。

なんで、なんでここにいる。こんな街中のスタバァにノコノコ来ていいのか。…いや、もしかしたら他人の空似かもしれない。きっとそうに違いない…!
見覚えのありすぎるその姿に内心動揺さえしたが、何事も無かったように立ち振る舞う術は持ち合わせている。落ち着け私…!

キャラメリーペアーフラペチーノでお待ちのお客様〜と呼ばれ、カウンターを見るとフラペチーノが二つ。待っているお客は私を含めて二人…。
私が手を伸ばすより早く二つまとめて受け取り、一方を私に差し出した男は口を開く。

「また会ったでござるな、名前殿」

あぁ、やっぱり他人の空似なんかじゃなかった。



「さすがはスタバァ、今回の新作も美味いでござるな」
「…ソウデスネ」

なんで一緒にお茶しているんだろう。なんで丸テーブルを挟んで向かい合って座ってるんだろう。

「他に席があるのに、なぜここに座るのです…!」
「どこに座るのも拙者の自由。なに、今はお互いオフであろう、刀を抜く事はないでござる」
「だからって……」

オフだとは言え、刀を交えた敵同士。
お洒落なスタバァで一緒のテーブルでフラペチーノを啜るっておかしな話じゃないですか?そう思っているのは私だけですか。
カポッと気の抜けるような音を立てて蓋を取り、上に乗った生クリームを口に運びフラペチーノを堪能する河上万斉を見ていたらすっかり毒気を抜かれてしまった。
あーもう、知らん。あれこれ考えるのは一旦やめよう。

「甘い物お好きなんですね、なんだか意外です」
「普段はコーヒーばかりだが、こういう甘ったるい物もたまには欲しくなるでござるよ」
「普段はそうでも無いのにふとした瞬間に甘い物欲しくなっちゃうやつですね」

激務の後とか、と苦笑すると、同感だと言わんばかりに頷かれた。
鬼兵隊の仕事が忙しいのかと思いきや、表の仕事が忙しく、先日になってようやくピークが過ぎ去ったとの事。何のお仕事かは聞かなかったけど、テロリストとのダブルワークとは…お疲れ様すぎる。
あ、忘れるところだった。

「あ、すいません。ヘッドホン返し忘れてて…というかいつの間にかiPodまで入ってたようで」
「それなら返さないでいいでござる、お主によく似合っていたからそのままにしたのだ。…要らなければ処分すればよい」
「似合っ…そ、そう言われましても…」
「心配せずともスペアがあるでござるよ」

トントン、と指差したヘッドホンを見ると、私がうっかり持ち帰ってしまったのとまるっきり同じ色とデザインの物だった。コードの先は見えないけど、きっと同じブルーのiPodに繋がっているのだろう。
スペアがあるとはいえ、返さないのはちょっと…という私の主張は聞き入れてもらえないようだ。

「ふむ、先程までは毛を逆立てて威嚇する猫のようだったが、今は人慣れして徐々に懐きつつある…と言ったところか。…どれ、手始めに万斉と呼んでみるでござる」
「猫って…。なに勝手に懐かせようとしてるんですかカワカミサン」
「万斉、でござる」
「……分かりましたよ…万斉、さん」

…呼ぶまで帰らせないでござるオーラをひしひしと感じたのだ、決して懐いた訳では無い。今はオフだからこうやって呑気にお話しているだけで、警戒心が無くなった訳では無い。
そんな満足気に頷いたって!職務中だったら間違いなくしょっぴいてるんですからね!

ちょっと量が多いかなと思っていたフラペチーノも、いつの間にか底に残った梨のシロップだけになっていた。音が立たないように吸うと、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
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