それどういう意味ですか

時刻は午後五時半を過ぎた今、私は工藤邸のリビングのソファに座っていた。
テーブルには紅茶の入ったカップとお茶菓子。その先にはキッチンで野菜の皮剥きをする沖矢さん。

「沖矢さん、あの、」
「座っててください名前さん。あ、紅茶のおかわりどうですか?」
「え?あ、はい………って違くて…!」

沖矢さんは気にせず座っててと言うけれど、この広い工藤邸に私と沖矢さんしかいないのだ。こうもなにもしないで座って待ってるのは落ち着かないし、なんだか申し訳ない。
というのも、関西から戻ってきた私を駅まで迎えに来てここまで連れてきてくれたわけで、さすがに何もしないでいるのは……そわそわしながらキッチンに立つ沖矢さんを目で追っていると、少し眉を下げてちょいちょいと手招きをされた。

「……見過ぎです」
「ごめんなさい!でも、落ち着かなくて…!」

そ、そんなに見ていただろうか…無意識とは恐ろしいものである。ちょっと恥ずかしくなって足元へ目線を移すと、視界が深緑でいっぱいになった。顔を上げると仕方ないですね、とでも言いたげに笑みを浮かべた沖矢さん。差し出した手にはエプロン。

「手伝っていただけますか?」
「…!はいっ!」

喜んで手伝いますとも!受け取った深緑のエプロンを付け、腰で蝶々結びをする。隣で見ていた沖矢さんは「やはり大きかったか…」と呟き、何かを考えるように顎に手を添えた。この深緑のエプロンは沖矢さんが予備で持っていた物らしい。背の小さい私にとってはやや長めの丈だが引き摺りはしないし、問題ないだろう!
よし、と呟き、シャツの袖を捲ってレタスを流水で洗う。食べやすいように一口大にちぎりキュウリとトマトを切る、作っているのはご察しの通りサラダだ。あ、茹で卵があるから花形にしようかな。かわいいよね。
隣では沖矢さんがお鍋をかき混ぜている。ただそれだけの動作なのに様になっていてなかなか恰好いい。それにしても…。

「沖矢さんってお料理できたんですね!」
「あぁ、最近になって知人から教わったんです。それまでは全然で…」
「え、そうだったんですか?でも、沖矢さん手先器用そうだからお料理向いてるのかも」

野菜を切る手つきも調理器具の扱いも慣れているように見えるし、無駄な動作が見当たらない。なにより、すごく美味しそう…お鍋の中でコトコト音を立てているカレーはとってもいい香りがする。
最近まで全然だったのがここまでできるようになるなんて。…ん?ということは、それまでスーパーのお惣菜とかコンビニ弁当だったのかな?それはそれで似合わないというかしっくりこない……。

談笑しながらサラダを盛り付けていると、阿笠博士がコナンくんと哀ちゃんを連れてやってきた。
いい匂いだね、カレーかな?と呟いて駆け寄ってきたコナンくんは、その大きな目をぱちくりとさせて私と沖矢さんを交互に見遣った。

「……名前姉ちゃんと昴さん、お揃いのエプロンしてるんだね?」
「あら本当」
「まるで新婚の夫婦を見ているようじゃなぁ」

「しん…っ!?」

仲がいいねぇと、カウンターからこちらを見る小学生と阿笠博士の生暖かい視線が背中に刺さる。仲はいい方だと思うけど…し、新婚という例えはどうなんだろうか!だってほら、友達同士や兄弟だって同じエプロンをしていても不思議じゃないでしょ…!だから沖矢さんと同じエプロンをしていても何ら不思議な点はないはず、ああ、何ムキになって言ってるんだ私は…。
ちらりと沖矢さんを盗み見ると、口元にゆるりと笑みを浮かべ、それもいいですねぇなんてことを言っている。
冗談とは言え、沖矢さんまで何言ってるんですか…!小声で問いかけると一瞬きょとんとした顔をし、いやぁ、と口を開いた。

「阿笠博士達の言葉に反応する名前さんが可愛らしかったものですからつい、なんて言ったら怒りますか?」
「な、何言って」
「ほら、そういう反応です」

そんなふうに言われたら怒るものも怒れないじゃないか。いや、沖矢さん相手に怒る気はないけども!…いつもは妹みたいな存在だと言うくせにこういう時だけ、狡い。

「沖矢さんは狡い人です…」
「おや、お互い様ですよ名前さん」
「……?それって」
「…さ、皆揃いましたし、冷めてしまう前にいただきましょう」

それってどういう意味ですか、そう聞こうと思ったけれど、上手く遮られてしまった。あれよあれよという間にエプロンを外され、椅子に座らされ、夕食の時間が始まった。

沖矢さんに促されるようにして、お皿に盛られたカレーライスにそっとスプーンを入れ口に運ぶ………あ、おいしい。
難しいことは言えないけど、甘味と辛味のバランスが良くて一晩寝かせたようなコクがある。市販のカレールウに何を足したらこんなにおいしくなるのか…お世辞じゃなくそこらのお店のカレーよりずっとおいしい。
後でレシピを教えてもらいたい、あわよくばさっきの言葉の意味も…なんてことを考えながら、斜め前に座りにこやかに食事を取る沖矢さんを眺めるものの、何を考えているのか、その表情からは1ミリたりとも読み取れやしなかった。

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