お狐様とお父様

車に乗るや否や、鞄を抱き抱えて俯く私の頭にぽん、と大きな手が乗せられた。そのままがしがしと撫でられる。
片手でハンドルを握る安室さんは目線は前を向いたまま口を開いた。

「大丈夫ですよ。名前さんが病院に着く頃にはケロッとした顔で出迎えてくれるはずです。だからそんな、泣きそうな顔しないでください」
「安室さん…」
「飾さんは撃たれたぐらいじゃそう簡単には折れませんよ。絶対に大丈夫です。だから伝えといてくれませんか?怪我が治ったらポアロへ遊びに来てください、あのときよりも美味しくなったハムサンドをご馳走してあげますからって」

約束ですよ。と、小さく笑みを浮かべる安室さんは昔を思い出しているのだろうか、どこか懐かしそうだった。

それから二、三分して最寄り駅へ到着。
お仕事中にも関わらず、ここまで連れてきてくれた安室さんには感謝するばかりだ。ありがとうございます、安室さん。後でなにかお礼しなきゃ。

駅に駆け込み鞄に入れたままのSuicaを取り出す。たしか充分にチャージしといたから途中まではこれで行けるはず。関西に入ったら切符を買わなければ…関東で作ったSuicaは関西(の一部)では使えないのが難点だ。
私みたいな方向音痴は切符を買うのも一苦労、路線図を見る度毎回頭を悩ませているのだから…まぁ、そんなことを言ってる場合ではないのだけれど。

電車に乗り、疎らに空いた座席に腰を下ろす。
あ、服部くんに連絡しといた方がいいかな。スマホを起動し"これから京都に行く"とLINEを送ると、ものの数秒で既読が付き、"了解。駅で待ってる"と返事が返ってきた。
"方向音痴は健在やろ?二年前に迷子になったこと忘れてないで"…と、なんとも余計な一言付きである。
頼むからもう忘れてよね…!

乗り換えも上手く行き二時間半くらいで京都に到着。予定通り服部くんと合流し、彼のバイクで病院へと向かう。服部くんが事情を説明してくれていたらしく、ロビーで待機していた警察の方が病室まで案内してくれるとのことだ。

対応してくださったのは、肩にシマリスを乗せた京都府警の綾小路さん。スーツを着ているのに一目で京都の人とわかる程、京都感溢れる顔付きを…している。狐顔と言った方がわかりやすいかな。話し方もはんなりしていてまさに京都、である。
そう言えば、病院にシマリス連れてきちゃって大丈夫なんだろうか。撫でたいくらいにかわいいけど!斜め前を歩く綾小路さんの肩で忙しなく動き回るシマリスを、ついつい目で追いかけてしまう。

「さ、着きました。飾警部、開けますよ」
「言いながら開ける癖どうにかならないんですか綾小路さん………って、名前?」

そこにいるの名前か?え?でも名前は東京にいるはず…まさか幻覚症状…!?さてはお前の仕業かお狐警部ゥ!!ぶつぶつと独り言を呟いた挙句、綾小路さんを指差しお狐警部呼ばわりするこの男こそ、私の父親である飾遼平だ。

「誰がお狐警部ですか」
「ちょっと綾小路さんに失礼でしょ!お父さんが撃たれたって聞いたから京都まで来たの!元気そうで安心した……」

立てこもり犯に撃たれたと聞き、いてもたってもいられなくて京都まで来てしまった。それなのに、だ。
当事者はベッドの上で上体を起こし、本を読んでいるときた。なんだ、ピンピンしてるじゃないか……元気であることに文句はないけど…うん、生死の境をさまよってるんじゃないかって不安すぎてポアロで泣いた私はなんだったのかな、恥ずかしい。

「あぁ、この通り元気だから大丈夫だ!ごめんな、心配かけて…」
「ほんと!もし、いなくなっちゃったらどうしようかと…!」

人の気も知らないで!さすがに病人を攻撃するわけにはいかないので薄い布団をぽすぽす叩くと、笑いながら頭を撫でられた。撫でればいいってもんじゃないんだからね!

「俺がいなくなったら名前が一人ぼっちになっちゃうだろ、こんな優しくて可愛い愛娘残して死ねないって。なぁ?」
「ええ。飾さんの娘さんが来られる言うからどんな子か楽しみにしてたんです、性格まで可愛らしいお嬢さんで安心しました。…飾さんに似たのが外見だけでよかったですわ」
「一言余計だっての」
「…………なんと言うか、仲がいいんですね?」
「えぇ、とっても」
「誰がコイツなんかと!!」

嫌悪感を顕にするお父さんに対し、にんまりと笑みを浮かべる綾小路さん。対照的すぎる。
喧嘩するほど仲がいい、ってやつだろうか。と言っても、お父さんが一方的に噛み付いてるだけみたいだけど。娘としてはなんとも言えない……こら、中指立てない!

結局このやり取りは、私が病室を出るまで続いたのだった。そして皆さんお気付きの通り、安室さんからの伝言を伝えそびれてしまった。うっかりすぎる、後で電話しよう。

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