沖矢昴の案じ事


「君は本当に警戒心が足りないな」

皆さんこんばんは。名字名前です。
誰でもいいから助けてください。

とりあえず、今の状況を簡単に説明しよう。
顔の横には手、目の前には眉間に皺を寄せた沖矢さん。俗に言う壁ドンだ。普段であればどきどきするシチュエーションだろうけど、今はそんなもん感じない…いや、別の意味でのどきどきはあるのだけど。

ことの発端は数時間前。
急に某小説が読みたくなり、近くの本屋に歩いて買いに行ったのだ。幸いにもお目当ての小説はすぐに見つかり、会計を済ませて上機嫌で帰るも、自宅のマンションを目の前にして不審者に遭遇。抵抗する間もなく腕をつかまれ自販機の影に引きずり込まれたところを、偶然通りかかった沖矢さんが助けてくれたのだ。沖矢様様である。
ちなみにその不審者はいきなり割って入った沖矢さんにびっくりしたのか、なにかを口走りながら慌てた様子で逃げていった。

「…もし、あのまま誰もこなかったらどうするつもりだったんです?下手したら殺されていたかもしれない」
「そのときは…どうにかします……人間、やればできる子ですから…」
「ほぉー、ならこの状態から逃げ出すのは簡単ですよね」

私の苦し紛れに出した応えが気に入らなかったのだろう、気のせいでなければ徐々に距離を詰められているような気がする。あ、これ絶対気のせいじゃない。
獰猛な大型動物に追い詰められた小動物になったような、そう、そんな気分だ…。

「ほら、早く逃げ出してみてください」
「…っ!…!ごっごめんなさい私が悪かったです!」

沖矢さんの指が頬を滑るようになぞり始めた時点で
限界だった。だめだ、くすぐったすぎる。
この状況で笑い声を上げる勇気はないので片手で口を押さえるが、ふははという、いかにも悪役のような笑い声が漏れてしまった。頭上では沖矢さんがはぁ…とため息を吐いている。

「……いいですか名前さん、最低でも一週間は夜の出歩きを避けて下さい。あの男が再び襲ってくる可能性がありますから」
「わ、わかりました」
「やむを得ない場合は僕に連絡してください。いいですね」

何かあってからでは遅いと、有無を言わさず携帯番号の書かれた紙を渡され、マンションの入口まで送ってもらってしまった。過保護すぎやしませんか、沖矢さん。後日、コナンくんに質問攻めに遭ったのは言うまでもない。


▲▼


沖矢side.

彼女、名字名前は大人しそうな見た目のせいか、厄介事に好かれているのか…事件に巻き込まれることが少なくない。いかにも不審者だと主張するような格好の男に物陰に引きずり込まれる姿を捉え、またか、と呟く。
足音を立てないように近づき、そっと覗き見る。
男の影になってよく見えないが…壁際に追いやられ身動きが取れないのだろう。男の手がスカートに伸びたところで地面を蹴る。
間に割り込み手を叩き落とすように阻むと、邪魔をされたことに腹を立てたか、じろりと睨みつけてきた。

「何を、している」

思った以上に冷たい声が出た。
男から見えないように後ろ手に彼女を庇うと、チッと舌打ちをし、なにか言いながらビルの隙間を縫うようにして足早に走り去っていった。
…あの男、片手をパーカーのポケットに入れたまま、なにかをいじっていた。カチカチ、という音からしてカッターナイフでも隠し持っていたか…?

「あ、あの…ありがとうございました……」

ちょいちょい、と袖を引かれた方へ顔を向けると、なんとも申し訳なさそうに眉を下げた彼女が立っていた。

「怪我は?なにもされてませんか?」
「だ、大丈夫です…!沖矢さんが助けに来てくれたから、なにもされてないです」
「そうですか、それはよかった…ですが、」

自分より幾分低い身長、同年代とくらべても小柄な彼女を壁に押し付けるのは容易いことだ。ひゃあ、と小さく声を上げてこちらを見上げる顔には困惑の色が浮かんでいる。

「あのまま誰も来なかったらどうするつもりだったんです?下手したら殺されていたかもしれない」

大通りとはいえ、夜になれば人通りは疎らになる。
街灯で薄暗く照らされた通りを女子高生がひとりで歩いているのだ。犯罪を犯す者にとっては恰好の獲物だろう、ましてや彼女は事件に巻き込まれやすいのだから。もう少し警戒心を持ってもらいたいものだ。

「そのときは…どうにかします……人間、やればできる子ですから…!」
「ほぉー、ならこの状態から逃げ出すのは簡単なことですよね」

徐々に距離を詰めると、どうやって逃げ出そうか考えているのだろう、あちらこちらに視線をさ迷わせている。
…さぁ、どうする?
追い討ちを掛けるように頬に指を滑らせてやると、目をぎゅっと瞑り肩を震わせて俯いてしまった。小さな手で押さえられた口からは蚊の鳴くような声がもれる。

いけない、いじめすぎたか。

反省しつつ手を離したのもつかの間、耐えられないとでも言うように小さな笑い声が上がった。くすぐったい、と笑う彼女に思わずため息をついてしまったが、仕方ない。

「……いいですか名前さん、最低でも一週間は夜の出歩きを避けて下さい。あの男が再び襲ってくる可能性がありますから」
「わ、わかりました」
「やむを得ない場合は僕に連絡してください。いいですね」

半ばまくし立てるようにして言い、自分の携帯番号を記した紙を握らせる。自分から番号を教えるのはいつぶりだろうか、なにか言いたげな彼女をマンションまで送り届け、路上に停めた車へと乗り込んだ。
正直なぜ、ここまでするのか自分でもよくわからない。
彼女と同い年の妹がいるからほっとけないのか、或いは。

「……いや、まさかな」

なにしろ彼女は、まだ高校生だ。
無造作に前髪をかき上げシートに凭れる。

…あぁそうだ、さっきの不審者の件、あのボウヤには伝えておかなければ。上着からスマートフォンを取り出しアドレス帳を開く。

胸のあたりで主張を始めた、得体の知れない気持ちに気付いてないフリをして。

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