ポビドンヨードが香る

悪い予想ほど当たるもの。世良さんが撃たれ、病院に救急搬送されたと連絡が入った。

ハンターが射殺された事で、自分達が狙われる必然性は無いと考えたマーフィーの元に浅草までの片道切符と手紙が送られてきたらしい。差出人が誰の名前なのかは不明だが、このタイミングからして犯人が送ったものと考えるのが妥当ではないだろうか。
しかし、断れない理由でも記してあったのか県警の静止も聞かず、宿泊先の日光を抜け出して浅草行きの列車に乗ってしまったようだ。

三件目の狙撃場所となったフロート船を調べていたコナンくんと世良さんは、高木刑事からの電話でそれを知ると同時に犯人の罠だと気付き、浅草駅へ向かう途中で橋の中央に停めた車の中からマーフィーの乗る特急おおるり号を狙う犯人(正確にはライフルの銃口)を発見。
犯人のいる駒形橋から50メートル離れた場所に掛かる東都ベルツリーラインの鉄橋は、浅草駅の近くという事もあり通過する列車は徐行する決まりとなっている。動いているとはいえ著しく速度が落ち、遮る物がほとんど無い橋上は絶好の狙撃ポイント。それに加え、自分が指定した座席にターゲットが無防備な状態で座っているのだから幾らでも狙い放題だ。

列車が鉄橋を通過するまでの間、犯人の狙撃を阻止する為に二本の橋の間に掛かる吾妻橋で妨害を試みたコナンくんだったが、相手が子供でもその行動を犯人が許すはずも無く、守ろうと間に入った世良さんが代わりに撃たれてしてしまう事態となった。
鎖骨の下当たりを撃たれ、出血も多かったようだが幸いにも手術は成功。命に別状は無いものの、病院着から覗く包帯や眉を寄せて眠る姿は痛々しいものだ。
手術室から病室に移動するまでずっと付きっきりだったコナンくんは終始憂わしげな表情で俯いていて、小五郎おじさんに連れられて帰る際も不安そうに世良さんの方を何度も振り返っていた。


「……しっかし、本当によかったね。世良さんがいなかったらガキンチョ危なかったんでしょ?」
「うん…身を呈してコナンくんを庇ってくれたんだって……」
「まさに命がけだね。世良さんあの時言ってたもんね」

園子と蘭の会話から、警視庁前で世良さんが言った言葉を思い返す。
僕が守るからコナンくんの心臓に弾は当たらないよ!その宣言通り自らの身を盾にしてコナンくんを守り切った。だけど、撃たれた場所がもし数センチ下だったら、今この場で彼女に会う事は叶わなかったかもしれない。
そう考えると本当にゾッとする。

「許さない…。コナンくんを…世良さんをこんな目に遭わせた犯人を…絶対許さない……!」

ここまで怒りをあらわにする蘭を見るのは初めてで園子と顔を見合わせる。
新一の親戚の子と言えど、毎日一緒に生活をしているコナンくんは蘭にとって本当に大切な存在なのは傍から見ても分かる事。その大切な存在を守るために大事な友人が危険な目に遭ったのだから、元凶である犯人に対して激しい怒りを抱くのも無理はない。
ぶつけようのない怒りをひたすら拳を握り締めて抑え込む姿を傍で心配そうに見ていた園子だったが、何かに気付きあっと声を上げた。

「あんなところに花束置いてあったっけ?」
「本当だ、誰か来たのかな。気付かなかったけど」

いつの間にか、病室の入口近くのソファに色鮮やかな花束が置かれていた。
私達が病室にいたから気を遣って花束だけ置いて帰ってしまったのかな、だとしたら悪い事をしてしまった。まだ近くに居るかもと、廊下を覗いてみたが看護婦さんの姿が遠くに見えるだけだ。
カードの類も添えられておらず誰からの贈り物なのかは分からないが、赤や黄色の花でまとめられた花束はいつも明るくて元気な彼女を彷彿とさせるものだった。きっと、世良さんの事をよく知る人が彼女を想って選んでくれたんだろうね…。

「元気なうちに生けちゃおうか。花瓶借りてくるね」
「うん。窓辺に飾ろう…って、名前、外結構暗いけど帰らなくて平気?真っ直ぐ来たって言ってたし、泊まる用意も何もしてないんじゃ…」
「だからそんな微妙なTシャツ着てるのね…。それ部屋着?普段と全く違うからびっくりしちゃったじゃない」
「園子正解、財布だけ持って部屋着のまま来ちゃった…」

羊がチョップしてるイラストが描かれた、その名もラムチョップTシャツ。シュールで可愛いじゃないか。二人には理解されなかったけど、スーパーのレジ打ちしてくれるおばちゃんからはなかなか好評だったりする。……私のTシャツの話は置いとくとして。
蘭が言った通り、出先…と言うか近所のコンビニから病院に直行した私は泊まる用意をしていない。連絡をくれた時に泊まるなら用意してきてね!って言ってくれたんだけど、慌てすぎて家へ寄らずにそのまま来てしまった。
外は既に日が落ちて薄暗いし、看護婦さんに花瓶を借りたら帰るとしよう。


▲▼


帰宅し、夕飯を食べ一段落した頃。
マナーモードを解除し忘れたままのスマホが振動し、テーブルとの接地面からバイブレーション特有の鈍い音が響く。今良い所だったんだけど…!と思いつつ、読んでいた小説本を伏せ画面を見ると、そこには”お父さん”と表示されている。

「は〜いもしもし、どしたの?」
「こんばんは、ご無沙汰しとります。…私のこと、覚えてはりますか」

久しぶりに聞くはんなりとした京都弁。表示されている番号も名前もお父さんのものだったから、あんな気の抜けた声で電話に出てしまった。

「えと…綾小路さん、ですよね…?」
「えぇ、覚えててくれておおきに」

いきなり電話なんてどうしたんですか?と聞くと、今回の狙撃事件で狙われる恐れのあるウォルツさんとその家族が京都に宿泊しており、管轄である京都府警が中心となって警護に当たっているとの事。警視庁の捜査一課と情報共有をする中で今回の世良さんの一件を知り、彼女の友人である私に連絡をくれたようだ。
ちなみにお父さんは大阪府警に在籍しているが、今回は助っ人として呼ばれているらしい。

「私も飾さんも犯人の身柄が確保されるまでは警護でずっと旅館におこもりなもんで……あぁ、噂をすれば」
「俺が上に呼ばれたのをいい事に何を勝手に電話してるんだお狐警部ーッ!!」
「誰がお狐警部ですか。ええやないですか、ワン切りで何かあったんかいなって心配させるよりかはマシでしょう」
「だからって笑顔でスマホかっさらって行く!?」

お父さん、今日も元気で宜しい。電話口で話す綾小路さんに負けないくらいの声量のおかげで会話が丸聞こえだ。
どうやらお父さんが私に電話を掛けた時にタイミング悪く上司に呼ばれ、一旦切ろうとしたら綾小路さんにスマホを(笑顔で)持っていかれ、自分は上司に連れていかれ、戻って来て今に至る……って感じらしい。やいのやいの言い合っているけれど、聞いている分にはなんと言うか、やっぱり二人共仲良いでしょ。

そして会話の内容からして今日の仕事はまだまだ終わらないようだ。電話口に出たお父さんに仕事も大事だけどご飯は毎食きちんと食べてね!と言うと、夕飯はオムライス食べたぞ?と返ってきた。そうじゃなくてね……!!
ちなみに綾小路さんは生姜焼き膳を食べたらしい。さっぱり系のご飯が好きなのかなって勝手に思っていたけれど、意外にも味の濃いガッツリ系もいけるみたいだ。

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