アイアンブルーと訪問者


連日放送されるのは狙撃事件のニュースばかり。ベルツリータワーのプレオープンの最中に起こった狙撃事件から日を開けずに二件目、三件目の事件が起こってしまったのだから無理もない。
二件目の被害者は捜査会議でも名前が挙がった森山仁。忠告も兼ねた本人確認の為に自宅へ駆け付けた世良さんの目の前で狙撃されたようで、あと数十秒早ければ助けられたのに…と悔しげに表情を歪めていた。
そして三件目。狙われるとすれば、ハンターからシルバースターを剥奪するきっかけを作ったウォルツ。敵からの狙撃に見せかけて殺害しようとしたマーフィーの、二人のうちどちらか。
だが、実際は素性を知る私達の予想を大きく裏切る事となった。被害者はハンター自身だったのだ。

そうなると、だ。長距離の狙撃を正確に行う腕の持ち主で一人目と二人目の被害者に恨みを持つ人物がハンター以外にいる、という事になる。ハンターが犯人ではないと言うことは、ウォルツとマーフィーが狙われる線は消えたと考えていいものなのか。
そもそも、狙撃場所に残されたサイコロと空薬莢は何を表しているのか。謎だらけである。


「狙撃場所にあったサイコロは順に四、三、二を示していた。それから、ハンターを撃った弾はこれまでと違って軽い物が使用されていた。一、二件目と比べて距離も短く反動も少なく、的中率が上がるはずなのになぜか一発ミスをしていた。弾痕から分かった事だが、応戦したハンターも同じく一発外していたんだ。…なぜだと思う?」
「単純な考えで申し訳ないけど、サイコロはカウントダウンとしか…。狙撃のミスは…そうだなぁ、犯人にとって動揺する何かがあったんじゃないかな。と言うか、新一と違って解決に持って行ける程の頭は無いってば」
「まあ、そう謙遜するなって」

通話相手は幼なじみの新一。いきなり連絡してきたから何かと思えば開口一番、お前の考えを聞きたいだなんて何を言ってるのだ。
狙撃事件を追ってるって事は日本に帰ってきているのかとか、蘭と連絡は取り合ってるのかとか、コナンくんに色々と喋り過ぎだとか…言いたい事は他にも沢山あるのだけど相変わらず忙しそうだしそれはまた今度にしよう。

「この流れで行くと次のサイコロの目は一になりそうだな。でも、それよりも問題なのは真犯人と次の被害者だ。ハンターが犯人候補から外れた事で誰が次に狙われるのか分からなくなっちまった」
「これまでの被害者はハンターが恨みを持っていた人達、そしてハンター自身でしょ?真犯人も次の…被害者も、ハンターに深く関係のある人なのは確かなんじゃない?」

勝手な考えだから当てにならないけど。そう付け足したら自信持てよ、と笑われてしまった。そんな無茶な、名探偵様にやたらな推理を自信満々にお披露目なんて出来ないって。

「確かにニュースで言ってるような無差別殺人の線は薄いが、危ねぇ事には変わりないからな。とにかく気を付けろよ」
「…うん。でもその言葉そっくりそのまま返してあげる。変に刺激したら狙われるかもしれないんだからね、コナンくんにもちゃあんと言っといてよ」
「わーってるって!」

ほんの十分にも満たない通話を終え、スマホを持ったままベッドの上に大の字で寝転がる。
警察やFBIの目を掻い潜って三件の狙撃を実行してきた犯人の事だ、必ず遂行するという確固たる思いがあるのだろう。邪魔をする者は誰だろうと…。
そうなってからでは遅いのだ。
警視庁の前で蘭が心配そうに言った後もコナンくんと世良さんは一緒に行動しては事件現場を調査しているみたいだし、事件が解決するまで止める事は無いだろう。二人の気持ちも理解できるけど傍で見ている私達からすれば、心配だし気が気じゃない。


▲▼


寝転がったまま風でなびくカーテンを見ているうちに眠ってしまったようだ。
寝る前と変わった点があるとすれば、外はすっかり日が落ちているところ、なぜか無数の真っ白い鳩がフローリングの上を歩き回っているところだろうか。何なら一羽だけお腹の上でくつろいでいるという謎の状態だ。先に言っておくが床にパンくずの類いを撒いた覚えはない。
夢かな…と思ったのもつかの間、顔のすぐ横に自分のものでは無い、これまた白い手袋をはめた手がある事に気付き一気に目が覚めた。

…なにこれ。……誰、誰の手…?
恐る恐る目線を上げると、ベッドに腰掛けじっと私を見下ろす人物のモノクル越しに目が合ってしまった。


「お目覚めですか、お嬢さん」

「…………なんで…?」

寝起きに怪盗キッド。
心臓に悪い起こされ方というか目覚めというか。どうして私の家に怪盗キッドがいるの、ビッグジュエルのような大層な物は家には無いし、ましてや知り合いなんかでは絶対にない。いやそれよりこれは不法侵入…?

「ご安心を。今日は怪盗の仕事はお休みですので」
「そういう事じゃなくて。えぇ…?」
「この子のリハビリの為に夜の空を散歩していたら警察に見つかってしまいまして!少しの間だけ匿ってもらいたく開いた窓からお邪魔させて頂きました。…あぁ、ここに入るところは誰にも見られてませんし、警察も囮の方を追いかけて行ったので何も心配いりませんよ」

待って待って。怪盗キッドってこんな何でもない所にも現れるんですか?散歩コースだったりするんですか?!
ところで、囮を追いかけて行ったという事は近くに警察はいないのでは?どうしてまだここにいるんだろう。考えていることが顔に出ていたのか怪盗キッドはニンマリとした笑みを浮かべ、指に止まらせた鳩をゆっくりと撫でた。その一瞬の動作で鳩は二羽に、そしてさらに数が増えていく…フローリングでくつろぐ無数の鳩達はこうやって増えたんだろうか。

「その子、貴方の傍から離れようとしないんですよ。余程居心地が良いのでしょうね」
「え、起きるまでこのままとか言わないですよね……?」
「はは、どうでしょう。私としてはこのままの方がいいのですが……まあ、匿ってもらった恩もありますし!」

そう言ってパチンと指を鳴らすと同時に、フローリングを埋めつくしていた鳩達はポフンと軽い音を立てて姿を消してしまい、私のお腹の上で丸まって寝ていた一羽だけが残された。

「名残惜しいですがそろそろお暇します。また近いうちにお会いしましょう、お嬢さん」

ベッドから立ち上がりマントを靡かせてベランダへと出て行くその姿が、風で膨らんだ同色のカーテンと同化し向こう側へと消えてゆく。

「あ、待って!しばらくは散歩と怪盗の仕事は控えた方がいいと思いますよ。…その、最近物騒だから」
「…!ご心配ありがとうございます」

一瞬驚いた顔をしたキッドはシルクハットを目深く被り直し「この恩は必ず」と言い残してベランダから落ちるように飛び去っていった。

「いや恩返しされる程のことじゃない…!って、聞こえてるわけないか…」

狙撃事件はまだ解決していないし警察だって普段以上に厳重な警備を敷いている事だろう。キッドだってそれはよく分かっているはず、つまり私の一言は余計なお節介でしかないのだけど、それでも。
万が一の事を考えたら声を掛けずにはいられなかった。なぜなら暗い中で見たキッドの顔が思っていたよりもずっと幼くて、幼馴染みにそっくりだったから。

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