レモンケーキのうしろ側

どうしよう。なにもやる気が起こらない。
学校がある日並に早起きしたものの、昨日あんな事があったばかりだし今日の気温はやたら高いし暑いし…夏バテも加わりベッドの上から移動出来ずに正午を迎えてしまった。

……決めた。今日は何もしない日にしよう。夏休みだもん、ぐうたらする日があったっていいよね!なんて考えていたんだけど。
グダグダな気配を察知されたのか、冷凍庫からアイスを取り出したタイミングで世良さんから電話がかかってきて、暇してるなら僕のこと助けて欲しいな〜!って米花図書館に呼び出されてしまった。嗚呼、さようなら私のアイス…。

米花図書館の読書スペースに入るや否や踵を返したくなった。と言うのも、積みに積まれた資料の山に埋もれるようにして一心不乱にページを捲る世良さんの姿を見てしまったからだ。

「こんなに積み上げたら倒れちゃうよ」
「名前!ごめんね急に来てもらっちゃって。僕だけじゃどうしても見切れなくてさ」
「ほんと、凄い量だね…遠目に見て帰ろっかな〜って思っちゃった」
「あはは、それは勘弁」

世良さんの向かい側に座り、未だ手付かずのファイルを手に取る。ずっしりと重みのあるそれは一冊見るのでさえ結構な時間がかかりそうだ。その他に過去の新聞や女性誌などなど、片っ端から集めてきたようで、なんとこれだけの量を一日で見終わすつもりだったらしい。
これは闇雲に探すより、ある程度絞り込んだ方が効率が良い。
探しているのは森山仁に関する記事。昨日の捜査会議で今後狙われるかもしれない人物リストに入っていた男性だ。ボードに貼られた写真を見て思ったのは、人当たりの良さそうな商社マン、それから雑誌か何かで見たような気がする…というあやふやなものだった。
私が見る物といえばファッション誌や音楽誌、あとは料理本くらいだが、その中のどれかに森山の写真が載るような記事が組まれていたのだろうか。記憶が定かではないのに加え、結婚を期に日本に移り住んでからの職業が分からない以上探し出すのは中々難しい。何しろシアトルで商社マンをしていた四年前までの記録しか残っていないのだから。

「世良さん。森山仁はハンターの妹との婚約を破棄して別の女性と結婚したって言ってたよね。奥さんの職業って…」
「もちろん調べたさ。でもどういう訳か料理研究家としか書かれていなかったんだ。名前も顔も伏せられて……ってああ!そうか、そうだよ!」
「ちょっ…と、声が大きい…!」

ここ図書館だから!
それまで本に向けられていた視線が色んな方向から一気に飛んできてとても気まずい。

「彼自身に拘りすぎてたんだ。せっかく掴んだ手掛かりを捨てるところだった」
「レシピ本、もしくは女性誌を探せばいいって事だね?」
「うん、もしかしたら特集か何か組まれているかも。断言は出来ないけど…」

料理研究家という事はレシピ本や特集が組まれる女性誌に記事を載せている可能性が高い。候補が絞れたとは言え、当てにできるのは森山という名字のみだ。文字も小さいし、さーっと流し見てたら見逃してしまいそう。
朝から多量の活字を見続けていた世良さんは限界が来たらしく、目薬を挿し目頭をぎゅっと抑えている。そのまま十分くらい休んでもらい(かなり渋っていた)再び作業に取り掛かる。

その後も黙々とページを捲っては文字を追うを繰り返し、未着手のファイルも残りわずかとなったものの、目当ての記事は見つからずにいた。
夏休み中の図書館は程良く冷房が効き、敷地に植えられた木々の深緑も相まって涼を求めた利用者も多くなるが、さすがに閉館間際まで居座る者は少ないようだ。隣の机で夏休みの課題であろう読書感想文を書いたり消したりしていた中学生グループもいつの間にかいなくなっていた。
あっという間に閉館時間を迎え、蛍の光と共に館内放送が流れ始める。まだ粘りたいけど、もう切り上げなくては。
勘違いだったのかな…と項垂れる世良さんが開いていたページには、レモンケーキのレシピが載っていた。……これ、見覚えがある。

「…世良さん。見つけたかもしれないよ」
「?どこからどう見てもケーキの写真だよ。食べたいなら前に話してたケーキバイキング一緒に行く?」
「ちっがーう!行きたいけどそうじゃなくて…ほらここ、森山仁!」

捲ったページの右上には小さく特集が組まれており、女性と仲睦まじく腕を組む写真が掲載されていた。紛うことなき森山仁その人だが、名字が…。

「安原仁?あれ?森山じゃないんだ…」
「奥さんの名字を選択って書いてある。女性婚だったんだね」

日本に移住してから個人輸入ビジネスを始めた事、奥さんが料理研究家で墨田区本所で料理教室を開いている事等…他にも色々書かれていた。これだけ分かれば十分だ。
ファイルを片付ける合間に手早くコピーを取り、駆け足で図書館を出る。外は昨日と同じ鮮やかな夕焼けだ。

「本当にいいのかい?送らなくて」
「大丈夫。スーパー寄って買い物しないと冷蔵庫の中なんもないし……それに、世良さん今から本所行くんでしょ?」
「バレてた?今後狙われる危険がある以上早い方がいいと思って。と言っても今日は本人かどうかの確認をしに行くだけなんだけどね」

保護するまでの権力は僕にないから、と呟きながらバイクに跨りスマホを操作する様子を見るに安原の自宅は既に特定済みのようだ。さすが探偵、仕事が早い。
今日は本当にありがとう!と言って手を振る世良さんを見送り、私も逆方向へと足を向けた。

図書館でレモンケーキのレシピを見てしまったからだろうか、夕飯の買い物の他にケーキの材料も一緒に買ってしまった。

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