緩やかな始動

夏休みに入って一週間程経った今日、私達は地上から635mの場所に立っていた。

そう、ここは東都ベルツリータワーの第一展望台。前に話していたオープニングセレモニー兼プレオープンの真っ只中なのである!
本来ならば一般公開前に参加する事など、関係者や著名人でも無い限り不可能に近いのだが、なんとなんと。園子がチケットを用意し招待してくれて、一般人ながらもこうして参加出来ている…ありがたい!


鈴木財閥が勢力を挙げて作り上げたこのタワーは日本随一の高さを誇り、東都タワーや現在建設中の浅草スカイコートを遥かに凌ぐ。
その高さを生かし、ガラス張りの展望台からは東都市内を一望できるというまさに東都のシンボル的存在だ。

ガラス窓に張り付き眼下に広がる街並みを食い入るように見下ろしては感嘆している人、ガラス張りの床の上に立ち足がすくんで動けない人、夢中で写真を撮る人など反応は様々。
ちなみに幼い頃から高い所が大好きな私にとっては最高の観光スポット、テンションが上がってしまうのも当然で。

「うっわあ…高い!すごくよく出来たミニチュア模型みたい…!」
「物凄い高さですね。特別展望台はさらに上からの景色を楽しめるようですが、行ってみますか?」
「!!まだ上に行けるんですか!」

間髪入れずに反応した私に沖矢さんがパンフレットを開いて見せてくれた。どうやら特別展望台はここよりもっと上のようだ。せっかくだから是非とも行きたい。
掲載写真を見つめているとコナンくんが名前姉ちゃん前から高い所大好きだもんね!と、ニコニコ顔で見上げてきた。

「確かに高い所好きだけど、コナンくんに話した事あったっけ…?」
「え、えっと、新一兄ちゃんが言ってたんだ!昔から高い所が好きでいつもアスレチックのてっぺんに登ってたって!」
「新一ったらそんなことまで言ってたの…」

どういう流れでそんな話しをする事になったのか、新一の事だから足を滑らせて落ちて大泣きしたオチまできっちり話したんだろう。
えへへ…と笑うコナンくんに罪は無いのだけど、他にもいろんな恥ずかしいエピソードを暴露されてたらと思うと恥ずかしくて仕方がない。

照れ隠しにコナンくんの頭をぐりぐり撫で回していると、くい、と服の裾を引かれる。

「ねぇ、私から言っておくからその人と特別展望台行ってきたら?」
「え、哀ちゃん行かないの?コナンくんは?」
「夏休みの課題で縮尺模型を作る話になってるからあの子達と話し合って決めなきゃ。ねぇ?江戸川くん」

ここへ来るまでの道中に歩美ちゃん達が話していた、下調べがどうのこうの〜というのは模型の事だったのか。
今回はきっちり手伝ってもらうわよ、と言う哀ちゃんにコナンくんは苦い顔だ。ちょっとだけでも…とボヤいていたけれど、有無を言わさず連れられて行った。
サボリは許されないみたいだよ、コナンくん。


「では僕達だけで行きましょうか。彼らは課題で忙しいようですから」
「そうですね、小五郎おじさんの様子も気になりますし、お先に行っちゃいましょうか!」

下に降りるはずが間違って特別展望台行きのエレベーターに飛び乗ってしまった小五郎おじさん。
ほっといていいわよ勝手に降りてくるから!って蘭は言ってたけど一向に降りてくる気配が無い。
ここにいた時から足が震えていたし高所恐怖症みたいだし、あまりの高さに足がすくんで泣いてるんじゃないだろうか。


「小五郎おじさん、ね…」
「?」
「ああいえ、なんでもありませ──」


中途半端に言葉を止めた沖矢さんが見ている方向、斜め裏へ目を向けるのとガラスが砕け散るのと、どちらが早かったか。

ガシャンという鋭い音を立てて厚いガラス窓が割れ、先程まで外国人の夫婦に優良物件の紹介をしていた男性が目を見開いて仰向けに倒れた。左胸と背中から血が吹き出し真っ赤に染まっている。
狙撃だ!伏せろ!と言う声も、フロアから上がる無数の悲鳴も聞こえているのに、早く逃げなきゃ、頭では理解しているのに、あまりの事で体が動かない。
散乱したガラス片と赤い飛沫の中心で血溜まりが少しずつ広がっていく様を凝視する私の身体から、比例するかのように血の気が引いてゆく。


「名前さん、見てはいけません。こっちへ」
「っ…おきや、さん」

立ち尽くす私の手を引いてエレベーター付近の観光パネルの影まで移動し、その場に座り込む私の前に屈んで、ひたすら安心させるようにゆっくりと背中をさすってくれる沖矢さん。

頭上から降ってくる「大丈夫ですよ」という声に幾分か気分が楽になる。
無意識のうちに握り締めていた彼のジャケットから手を離して見上げると、顔色が悪いし夏場なのに手も冷たいと心配されてしまった。

「この人混みの中を移動するのは危険ですね…。エレベーターが空くまでここに居ましょう。その間僕の後ろは絶対に見ないように」
「わ、わかりました…」
「この位置なら狙撃される事もないでしょう。大丈夫です」

私から男性の姿が見えないようにと片膝立ちで周囲を見渡すその表情はとても険しく、いつも柔らかな空気を纏っている沖矢さんとはまるで…別人のように、雰囲気が違う。

見なくても容易に想像できる程はっきりと目に焼き付いてしまったあの光景。忘れようとすればするほど鮮明に思い出してしまうものだ。
頭の片隅へと追いやり沖矢さんの後ろを見ないように注意しつつ、そっと周りの様子を確認する。

蘭と園子は………よかった、大丈夫そう。一緒にいる子供達も不安そうな顔をしているが怪我等ない様子だ。
…だけど、コナンくんがいない。

辺りを見渡すと、逃げ惑う人達の間を縫うようにしてエレベーターへと駆け込んで行くコナンくんの姿が一瞬だけ、見えた。

「コナンくん!」

慌てて立ち上がったものの、頭の中がぐらりと揺れ視界が歪む。…立ちくらみだ。

「いきなり立ち上がってはダメですよ、ただでさえ真っ青な顔をしているのですから。ボウヤの事が気がかりなのは分かりますが、今は自分の事を気にかけて下さい」
「すいません…」

壁に手を着き、治まるまで目をつむっている間にコナンくんを乗せたエレベーターは行ってしまった。

皆を置いて逃げるような子じゃないのは分かっているし、きっと何か気付いた事があってこの場を離れたに決まってる。
私が着いて行ったところで危険な事には変わりないのも分かっている、けれど。
事件現場にコナンくんありと言われる程、様々な事件に関わっていて。小学生なのに事件現場に顔を出したり危険をかえりみず容疑者を追いかけたり…現に何度も危険な目にあっているから心配でしかない。
一見ただの問題児と取られるかもしれないけど、皆が気付かないようなほんの些細な違和感も見逃さず多くの事件解決に協力している事もあり、警察からも一目おかれる存在だ。

あの幼馴染みと親戚なだけあって、いろいろ教え込まれているのか憧れの対象として目標としているのか、事件に対する行動・対応・考え方やら…本当に良く似ているし何より、大人びている。
同年代の子達と居るとそれがより一層顕著に現れる。

だからこそ忘れかけてしまうのだ、彼がまだ幼い子供だという事を。

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