冷めたくらいが丁度いい

「ベルツリータワーのオープニングセレモニー、ですか」

コーヒーカップを片手に、そういえば完成間近でしたね。と、沖矢さんが呟いた。

どうもこんにちは、名字名前です。
今日は雑居ビルにひっそりとお店を構える隠れ家的な喫茶店でお茶をしてます。少し暗めの照明とレトロチックな内装がお洒落なこのお店は、沖矢さん行き付けの喫茶店。
本屋から喫茶店に行く途中、下校中の私を見かけたらしく、よかったら一緒にどうかと声を掛けてくれたのだ。私も丁度話したい事があったので二つ返事でご一緒させてもらった。

その話したい事というのがさっき沖矢さんが呟いたベルツリータワーのオープニングセレモニーに一緒に行かないか、というもので…。

「そうなんです、園子が誘ってくれて。まだ一ヶ月くらい先なんですけどね…!沖矢さんもよかったら一緒にと思って。どうでしょう?」
「なかなか参加出来ないものですし、是非とも。しかし僕でいいんですか?学校のお友達とか…」

聞かれると思ってましたよ沖矢さん。
ありがたい事に仲良くしてくれるお友達はそこそこいるし、誘う気になれば誘えますけどね!今回はコナンくんや哀ちゃんに加え、歩美ちゃん光彦くん元太くんも一緒。皆と仲の良い人の方がお互い気兼ね無く楽しめるはず、つまり高校の友達より沖矢さんが適任なのである!
それ以上に、ちゃんとした理由は他にあるんですがね。

「沖矢さんにはいろいろとお世話になっているし、少し前にも危ない所を助けてもらったのでお礼にと思って……あ、でも参加出来るのは園子のおかげだからお礼になってないかも…?」
「そんな気にしないでいいんですよ、僕が好きでやった事ですから。それにしてもなるほどそういう事でしたか。てっきりデートのお誘いかと思ってたんですが」
「デッ…!?」

いや、いやいやそんな。沖矢さんとデ、デートだなんてそんな身の程知らずなこと…!
私じゃいろいろと釣り合わなすぎる。だって、優しくてかっこよくて頭が良くて、オマケに紳士的。きっと通ってる大学院でも相当人気がある事でしょうに…なぜ浮ついた話が出ないのか不思議で仕方がない。
そんな私の心の声が伝わるはずも無く、いつものように穏やかな表情で優雅にコーヒーとシフォンケーキを堪能している。
くっ、様になっている。これが大人の余裕というやつなのか…。


「名前さん、名前さん。コーヒー、冷めてしまいますよ」
「あ。すっかりぬるくなっちゃいました…。も〜沖矢さんが変な事言うからですよ…!」
「おや、それは失礼しました。ですが…二人きりでお茶しているこの状況もデートみたいなものですよね」
「まっ、またそういう事言う!」

こちらが照れるような事をさらりと言ってのける沖矢さんから目を逸らし、冷ます必要の無くなってしまったコーヒーに角砂糖を入れて混ぜる。若干溶け残ってしまい、ジャリジャリという感触がスプーン越しに伝わる。
…これ以上は溶けないかな、本当はもう一個砂糖を入れたかったのだけど。諦めてスプーンを置き飲もうとしたが、待って下さいと静止の声が掛かった為ソーサーの上に逆戻りだ。

カップから目線を上げると、いつの間に頼んだのか湯気の立つコーヒーに角砂糖二個とミルクを入れてかき混ぜている。沖矢さんコーヒーはいつもブラックじゃなかったっけ、砂糖を入れるなんて珍しい…そんな事を思いながら眺めていると、なんとも自然な動作でソーサーごとカップを交換された。
つまり冷めてしまったコーヒーが沖矢さんの前にある訳で。あれ、なんで?

「砂糖二つにミルクひと回し…名前さんが普段飲まれているコーヒーですね」
「?そうですけど、」
「冷めないうちにどうぞ。こっちは僕が頂きますね」
「え…!?あ、待ってくださいそれ冷めちゃってるし砂糖が、」

溶け残ってるんですが!
というか、頼んだコーヒー自分で飲むんじゃないんですか!?

「ここのコーヒーは冷めても美味しいので問題ありませんよ。ただ、やはり温かいのが一番美味しいので、名前さんには是非とも淹れたてを飲んで頂きたくて」
「え、あ、ありがとうございます。なんだかほんと、お世話になりっぱなしで……、っ」

すいません、と言いかけた言葉は頭に乗った重みによって引っ込んでしまった。そのまま髪の流れに沿う様にひと撫でされる。慈しむような笑みまで向けられ平常心を保てるはずも無く、照れくささから伏せた顔はじんわりと熱を帯び──…ああもう、絶対顔赤くなってる。テーブルの角しか見れない。
コーヒーの熱も相まって、頬の熱も赤みもしばらく引きそうにない。やっぱりあの冷めたコーヒーは自分で飲めばよかった。

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