百物語:中-参


その後も百物語は進んでいく。

「小学校で保健室で寝てた時のことなんだけど、なんか頭ぼーっとしてたら窓から誰かが話しかけてきて。「お兄ちゃん、大丈夫?」って心配そうに。頭痛いだけだからって答えたら「良かったね」って言われて。
で、ちょっと話したんだけど、見たことない子で。でも小学校だからまぁ覚えがなくても生徒だろうと思って気にしなかったんだ。
「おだいじに」とか言われてばいばいって手を振ってその子はいなくなったんだけど。
よく考えてみたら保健室って三階なんだよ。ベランダもないしまわりに足場になるようなもんは何もないし、立てるわけねぇの。そんなとこに。
えっと…それだけ、なんだけど」

これは作り話でもなければ小学生の間でよく話題とされる学校の七不思議でもなく、四月一日くんの体験した実話だそうだ。

「幽霊…なんでしょうかね…?」
「霊だろ」
「で、ですよね!すいません!」

誰に尋ねるわけでもなく呟かれた桜井くんの言葉に、キッパリ霊だと言い切った百目鬼くんはここでも変わらず無表情。
お前、霊とか視えるのか?と、驚きながらもどこか期待したように聞く四月一日くんだったけど、そういうモノは一切見えないようでちょっと残念そう。

「視えなくても出来ることはあるで」
「ふふ、さて…最後にあたしが話して四巡ね」

先が長いと思った百物語も残すは侑子さんただ一人。文献では最後の一人が話し終わり、蝋燭の火を消した後に怪異が現れるとされているけど…。

「あのね、うしろの障子にうつってるあれ、なぁに?」
「──!」

侑子さんのちょうど真後ろにある障子に、ソレは写りこんでいた。女…だろうか、長い髪をだらりと垂らし、お辞儀をするかのように腰を屈めたソレは、こちらの様子を窺っているかのようにも見える。
アヤカシのお出ましだ。

私達とソレとを仕切っている障子がカタカタと小刻みに震え出す。
天井からは大きな物音が――ちょうど人間が着地したくらいの音や、四つん這いでべたべた這いずり回ってるような音がしている。
部屋は地震のように激しく揺れ動き、立つのが難しい状態だ。それにもかかわらず、水盆に張られた水はぴたりと静止したままだった。

「四月一日くん、後ろ……」
「……………へ?」
恐怖で顔を強張らせたひまわりちゃんが指差した障子に先程まで写りこんでいた影はいつの間にか形を変え、何人もの人間を集めたような大きな塊に姿を変えていたのだ。四方八方から腕を伸ばした影に四月一日くんが悲鳴を上げた。
その直後。
四隅に立てた蝋台のうちの一つが倒れ、その拍子に火が消えてしまった。残りの蝋燭の火も次々と消え、あっという間に月明かりでぼんやりと薄暗い部屋へと様変わりした。

「結界が切れたわ」

障子から最も近い位置にいた四月一日くんはその体質も相まってか、障子から生えるようにして現れた幾多の手に掴まれて身動きが取れなくなってしまった。ずぶずぶと障子に埋まるようにして引きずり込まれていく。

「四月一日く…っ!」
「名前ちゃんアカン!」

四月一日くんだけでは飽き足らず、こちらに向かって伸ばされた青白い手から引き離すように今吉さんに引っ張られ、そのまま後ろ手に庇われた。

「アヤカシに好かれやすいんやからむやみに近づいたらアカンよ」

今吉さんの背後からそろりと顔を出してみると、さっきまで私が立っていた所で何かを掴もうとうごめいている手に背筋がぞっとした。

「百目鬼くん弓道部よね、あの床の間の弓をとって、障子に向かって、射て」
「矢はここにはありませんよ」
「大丈夫よ、アナタなら」

怪訝そうな顔をした百目鬼くんだったが何も言わずに弓を構えた。きりきりと弓を引き放たれたソレは一直線に飛んでいき、四月一日くんの頭上に突き刺さった。
悶え苦しむような叫び声を上げて部屋に入って来たアヤカシはどろどろとした塊に成り下がり、大きく口を開けたモコナに吸い込まれるようにして飲み込まれていった。

「ごちそうさまでしたっ」

侑子さんの手の上でペこりとお辞儀をしたモコナへの反応と言ったら言うまでもない。
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