百物語:前


「あーつーいー」
「侑子さんしっかりー」

季節は夏。
軒先に吊した風鈴が涼しげな音を生み出す一方で、すっかり夏バテ状態の侑子さんがぐったりした様子で椅子に腰掛けている。
足元には氷水の入った桶、頭には氷袋、左右にはマルとモロが座って団扇で扇いでいる。

「日本の夏ってどうして、こうなの〜〜〜」

暑いわ湿気は凄いわ、これじゃ亜熱帯よジャングルよと呟く侑子さんの気持ちもわからなくはない。モコナもぐったりしてる。
暑い。

汗を拭い日陰に移動し団扇で扇いでいると、侑子さ───ん!!と叫びながら四月一日くんが慌ただしく帰ってきた。

「ひまわりちゃんにー!ひまわりちゃんにー!」
「フラれたのー?」



「なるほどー、若い女の子はそういうタイプが好きなのよねぇ」

無口っぽくて静かな感じなのが。あと運動できるとさらにいい感じ。
名前もそうなのかしら?なんて聞いてくるけど別に私はそうでもない。
四月一日くんの背中に侑子さんの言葉がちくちくと突き刺さっているのが目に見える。フラれたの?発言で十分やられてるんだからやめたげてよ侑子さん…。

「クラブ、何?その子」
「…弓道部です!」
「さらにモテ度アップじゃない」

ムカつく―!!と叫ぶ四月一日くんの話をまとめると、今日の体育の授業のサッカーで隣のクラスの百目鬼くんとやり合って、それを見ていたひまわりちゃんにかっこよかったと言われたのはよかったけど相手チームの百目鬼くんってお寺に住んでるんだって、女子に人気あるんだよね、という言葉に四月一日くんが嫉妬した…と、こんなものだろうか。
それにしても百目鬼くんって弓道部なんだ。知らなかった。
説明している間に四月一日くんがひまわりちゃんをデートに誘う話になっていた。
頬を染めてながらいきなり二人っきりは緊張すると言う四月一日くんにグループ交際を勧めた侑子さんが一肌脱いであげるようだ。

「夏のデートといえばやっぱり!」
「やっぱり!」
「「怪談でしょ――!!」」
「全然関係ねぇし!」

声を揃えた侑子さんとモコナに素早くツッコミを入れた四月一日くんは勘弁してくれとでも言いたそうな顔をしている。
四月一日くん怪談話苦手なのかな。

「百目鬼って子の家、お寺だって言ってたわよね、よし!そこ借りて百物語しましょ!」
「だから、なんでー!?」

「───それ、ワシらも参加してええかな侑子サン?」

突如耳に入った聞き慣れない声に振り向くと、どこかの学校の制服を着た眼鏡をかけた糸目の学生が立っていた。
いつの間に店に入ってきたんだろうか…店と言っても中庭だけど。

「いいわよ。久しぶりね、今吉くん」

今吉、と呼ばれた学生は侑子さんの知り合いらしく、変わらへんなぁと言葉を零している。
関西弁が印象的だ。関西出身なのかな。

「今吉翔一、よろしゅう」
「あっ、四月一日君尋です」
「苗字名前です」
二人揃ってよろしくお願いしますと軽く頭を下げると、ウチの後輩にもそのくらい礼儀正しくなってもらいたいわぁと人懐っこい笑みを浮かべた。

「名前ちゃん、と言うたな?」
「?はい」

ニコーっと笑みを浮かべた今吉さんに両肩を掴まれて引き寄せられる。
あれ、前にも似たようなことがあった気が、デジャヴュを感じる。

「今どき珍しい清しい気やなぁ。…気に入ったわ」

清しい気?気に入った?、というか

「今吉さん、近いです」

眼鏡ぶつかりそう。

視界が今吉さんでいっぱいだ。
この文だけ読むとどこぞのラブコメにありがちな描写だけど、断じてそんなんではない。
辛うじで周りの様子が見えるが、侑子さんとモコナはニヤニヤしてるしマルとモロは手でお互いの目を隠している。四月一日くんはというと…顔を真っ赤にしてあわあわしている。

……ちょっと恥ずかしい。
恥ずかしいのもだけど、なんだか違和感がある。
この近さだからわかる、今吉さんは "完璧な" 人間じゃない。人間に限りなく似ている、妖混じりの人間のような…。

「へぇ…気づいたんか」
「!?」
「あぁ、相手の考えてる事は手に取るようにわかるんや」

どうやら今吉さんの前では考えてることが筒抜けらしい。
クツクツと笑いながら肩から手を離した今吉さんはなんとも興味深いとでも言いたげな顔をしている。

「妖混じりだと気付いたのは名前ちゃんで三人目や」
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