ひきこさん:後


あの後。

マルとモロに手を引かれるようにして侑子さんの待つ客間へ行くと、四月一日くんが温かい紅茶を用意してくれていた。

「ひきこさんに遭ったのね」

侑子さんの言葉にこくりと頷いた私と真太郎の隣で四月一日くんが驚いたような顔をした。

「ひきこさんって都市伝説じゃなかったんですか!?」
「都市伝説よ。でも今回のはちょっと違うわね、日常生活の中にスリルを求めた人々が話を広めていく中で好奇心や期待感が増えていく。
だけど都市伝説とは言え、所詮は噂話でしょう。
現実味のない話だと分かっていても心の何処かでは期待していた、だけど結局は噂話で落胆する。
そういう負の気持ちが集まって生まれたモノこそ、今回現れたひきこさんだったのよ」

話を考えた人も、広めた人も、負の気持ちを生み出した人も、悪気はないんだろうけど。

「最近起きていた妙な事件は…ひきこさんが起こしていたんですね」
「ええ。ひきこさんも自分を生み出すきっかけとなった噂話には逆らえなかったんでしょう」

話の通りにしか行動できなかったのよ。

侑子さんはふ、と目を伏せた。

「ところで、アナタ達はひきこさんのコトをどのくらい知っているのかしら?」
「目がつり上がり口が裂けていて、背丈が異様に高い女で、ボロボロの白い着物を着て人を引きずっている…というくらいしか…」

あと足が速いということしか知らないのだよ。
眼鏡を押し上げながら言った真太郎に、四月一日くんも同じくと軽く頷いた。

「真太郎が言ったことと、鏡を見せると逃げていくことくらいしかわかりません」

紅茶に角砂糖を入れティースプーンで掻き混ぜていると、対処法を知ってるなら早く言うのだよとジト目で見られた。
どうやら今日のラッキーアイテムは鏡だったらしい。真太郎の手には黄緑色の手鏡が握られていた。

「ひきこさんはね、虐められていたのよ。学校ではクラスメイトに足を掴まれて引きずられる。家では虐待されて監禁されていた。それが原因で怪異化したとされているわ。
彼女は自分を虐めたことに対する恨みから、人を襲って引きずっているのよ。」
さっき名前が言った対処法だけど、今はテーブルの上に置かれている真太郎の手鏡を手に取った侑子さんは流れるような動作で四月一日くんにそれを向けた。

「鏡を見せるにしても、ひきこさんが自分自身の顔を見ないことには意味がないでしょう?
ましてや恐怖で気が動転している中で正確に鏡を向ける余裕なんてないと思うわよ」
「じゃあ、どうすれば?」
「引っ張るぞ!って3回言えばいいの。簡単でしょう?」

学生時代に引きずられたことが相当なトラウマになっているから、効果的よ〜と言う侑子さんの横で、マルとモロの「「引っ張るぞ〜♪」」という掛け声と共に四月一日くんが両腕を左右に引っ張られていた。

「もう、遭うことはないでしょうけどね」
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