ひきこさん:前


突然ですが皆さんは、ひきこさんをご存知でしょうか。
雨の日に人を引きずって追いかけてくるという、有名な都市伝説の1つです。
たかが都市伝説と思うかもしれませんが、実際にあったら恐ろしいですよね。



「名前ちゃん、ひきこさんって知ってる?」

待ちに待ったお昼休み。
今日のお弁当は卵焼きとお浸し、冷食のグラタンと昨日の夕飯の残りをアレンジしたおかずを詰めてきた。
卵焼きをかじっていると隣の席でお弁当箱を開けたひまわりちゃんが話しかけてきた。

「ひきこさんって…自分の顔を見た相手を引きずり回すってやつ…?」
「走って逃げてもすぐに追い付かれちゃうんだって。最近雨降ってばかりだし…怖いね」

似たような事件が起きてるんだって。今朝もお母さんから気をつけなさいって言われたの。

そう話すひまわりちゃんは心なしか不安そうだ。不思議なモノが大好きだと聞いたけど、こういうタイプのモノは苦手みたい。窓の外に目をやるとしとしとと雨が降っている。
空はどんよりと曇っていて晴れ間を見るのは無理そうだった。


結局、雨は止まぬまま放課後を迎えた。
帰り際、ひまわりちゃんと四月一日くんに一緒に帰らないかと誘われたが寄る所があるから、と校門まで一緒に行きそこで別れた。

通行人の多い大通りを抜けて脇道に入ると、一気に人通りが疎らになる。傘がぶつかるということもないから歩きやすい。

脇道を抜けた先にちょっと年季の入った看板が特徴の書店があった。
傘に着いた雨粒を軽く払い、入口近くの傘立てに立てる。

今日発売の小説を買うべく新刊の並ぶ売り場へと向かうと見覚えのある後ろ姿が目に入った。
スラリとした長身で、女の子が羨むような長い下睫毛、特徴的な緑色の髪ときたら1人しかいない。


「真太郎」
「……名前か」

小説を片手にこちらを向いた真太郎の顔には驚きと微かに疲れの色が見える。

「疲れてるみたいだけど、どうしたの?」
「…おは朝の占いが最下位だったのだよ」

朝から犬に追いかけられたり、違うページの問題を解いてしまったり、自販機のおしるこが売り切れだったり。極めつけは水道でふざけていた男子に巻き込まれて頭からびしょ濡れになったらしい。
それでも今までよりは全然マシな方だとか。

小説を手に取り真太郎に続いてレジへと向かう。赤茶色の袋に入れられた小説を鞄の中にしまい、店を出る。

薄緑色の傘を傘立てから引き抜くと、払いきれなかった雨粒が傘の先端を伝って地面へと流れ落ちた。

「送ってく」
「ありがとう。でもまだ明るいし、1人でも大丈夫だよ?」
「最近妙な事件が起こっているだろう。なにかあったらどうする」

透明なビニール傘を開いて数歩歩き出した真太郎は、早くしろと言わんばかりにこちらに視線を寄越した。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

傘をさして隣に並ぶと、初めからそうしていればいいのだよ…と、ため息混じりの声が上から降ってきた。

「真太郎の過保護は変わらないね」
「……ふん」

昔から真太郎は過保護だ。
幼少期の頃は可愛いげがあったけど今はちょっと素っ気ない。
優しいところは変わってないけど。
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