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▼ スイッチは何処に



あの後こいつはシフォンケーキまで食い出した。

食うには時間が遅いし女なら気にすんだろと思い、明日食えばっつったんだかな。

美味しいものは美味しい内に食べたいと。

まぁ確かに、当日の方がスポンジが特にちげぇとは思う。


太るとか一切言わず旨そうに食う。1日深夜に食ったからって太る訳ねぇが、大抵言うだろ?



「美味っしい! ふわっふわ、うま。銀さん女子力高いね、私負ける。」

「お前ホント旨そうに食うよな。」

「だって美味しい。食べたいって言ったらシフォンケーキ作ってくれる人、そう居ないって。」

「だろ―?オススメ物件よ? 」

「ぅ、揺らぐ。」



上手い具合にスイッチ押せたらしい。こんな冗談を笑いながら言えるくらいにまでなった。こうゆう時は切り替えの早さが助かるな。




「直ぐ寝るか?」

「寝る−、胃もたれするかもだけど、まぁ良いや。」


良いのか。


歯を磨いて颯爽と寝ようとするこいつに、いつものセリフをかける。



「一緒に寝る?」

「え−? ん−、じゃあ寝る。」



え、寝るの!? 珍しいなどうした。いつもあっさり了承なんざしてこねぇし、でもそこまで拒否もしてこないから寝てるけど。
なんだ?別に特別機嫌が良いわけじゃねぇのに。



「……こっち来る?」

「うん」


甘えてる感じなの?何で? そのスイッチは何処にあるの?寧ろそれが知りたい。



「昼間結構寝ちゃったし寝れるかなぁ。でも銀さんの手があれば寝れる気がする、頑張って。」



……甘えでも何でもなかった。

寝かせて欲しいだけか。



「ガキかよ。」

「え?何か言った? 私別にお昼寝したくてした訳じゃないんだけどな、精神的に凄く疲れて、もうグッタリしちゃって、」

「撫でる撫でる!撫でさせて下さいッ!眠りにつくまで責任持って撫でるからァァ!!」


俺のせいだったァァァァ!!

一瞬忘れてた。だって何事も無かったようにこいつ傍に居るし、その後の話で昼間の記憶薄れてた。
だけどこいつは被害あった側だもんな、許したとしても忘れるワケねぇよな、ごめんな。


にしても、アレだな。普通に俺の傍に来んだな。触られても良いんだ。



「少しも触られんの抵抗とかねぇのな。」

「そうだね。」

「平気では無かったろ? 何で? 俺、結構酷ェ事した自覚はあんぞ、流石にアレは。」

「ん−、でも、別に私を道具のように扱った訳じゃないし、そうゆう捌け口的なのにした訳でもないし。」

「お、まえは、そうゆう事さらっと言うのやめろ。いや、確かに際どかったけども、押さえ付けてたし、でもちげぇから、」

「分かってるってば。だからそうじゃないから大丈夫って言ってるの。 それにさ、我慢って言うか、なに、気を遣ってくれたと言うか、さ、触らないでくれたんでしょ。いや、そこまで知識無いから分からないけど、でもああゆう時、触らないとか無いじゃんきっと。でも殆ど私に触らなかったじゃない?お腹に回ってる手、拳作ってたの知ってた。腕で抱き寄せてたから。」

「……歯止め効かなくなったら困るから」

「うん、ありがとうね。」



何でお礼言ってんの。つかそんな事思ってくれてたの?あの状況で拳握って耐えてたの気付いてたって?

マジか。

絶対自分だっていっぱいいっぱいだったろうに、



「いや、俺もどうも。」

「そのお礼はどう言った意味が?」

「全部」

「全部?」

「許してくれたのとか」

「うん、」

「後、脚貸してくれて」

「やめて、そのお礼要らない。貸してないし、勝手に使われただけだし。」

「でもお前ちゃんと挟んで、っ、いってぇ! 爪痛ぇっての!」


二の腕に爪が食い込んでる。しかも結構な力で。


「血ィ出んだろが!」

「……頑張ってあげたのに、」

「知ってるよ。あーもう、ごめんな。すっげェ頑張ってくれてたし身体強張ってたの知ってっから。」

「もうこの話終わり。寝るから黙って撫でて。」

「はいはい」



少しムッとした声に思わず口元が緩む。



「笑わなくて良いから。黙って撫でてよ。」

「えー笑うくらい許せよ。俺だって生きてる。」

「今は撫でるだけの人形だから。」

「しゃーねーなァ」

「っ、ちょっ、と!背中じゃない!頭撫でるの!!」

「え−注文多いな。」

「服捲らないでよ!」


暴れ出す身体を足を使って押さえ込むと更に暴れて逃れようとする。



「い、や! 銀さん!!」

「わーったって。」


背中から手を抜いて後頭部に戻すと暴れてた身体は静かになった。



「寝かせてくれる気無いわけ?」

「あるって。ちょっとした悪戯。」

「もう、馬鹿じゃないの。」


ため息を吐きながらも腕の中に収まってる姿にまた緩みそうになった口元を必死で耐えた。









「カナさん午後から仕事でしたっけ?」

「うん、そうだよ−。」

「なら僕買い物行ってきますね」

「あっ本当?ありがとう! じゃあそれで夕食の下準備するね。」


お散歩に行くと言う神楽ちゃんにも手を振りながら見送って居間に戻ると、銀さんがテーブルの前に座ってこっちを見ていた。



「会議すんぞ。」

「会議?なに突然。何の会議?」

「万事屋大人の会議」

「なにそれ」


何を言い出すかと思えば、また意味の分からないことを。面倒だから無視して掃除をしようと通り過ぎたら腕を掴まれた


「待て待て社長命令だから。座れって。」

「そうやって職務を乱用するのは良くないと思う」


仕方ないからテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろすと会議らしきものが始まった。


「では議題、何処まで触って許されるのか。について。」

「は?また?昨日したじゃんそれ」

「昨日結局話してねーもん。思わぬ展開に流れたろ」

「自分でその展開作ったくせに。」

「は―い、まず従業員から―。何か意見や要望はありますか」

「そうですね、触れると言う事に関しての要望でしたら、同じ布団に入る頻度を改善して頂きたく思います」

「却下します」


即答だった、なら何で意見聞いたんだろう。


「続いてわたくし社長から。まず先に、確認したい事があります。昨日の事を聞かれる事に抵抗はありますか」

「いいえ?」

「はい、ありがとうございます。昨日結構触られましたね、特に顔半分念入りに。その時の心境は如何でしたか。」

「心境?」

「例えば、胸の高鳴りなどありましたか」

「胸の高鳴り……戸惑いからの高鳴りはありました。ただあまりにしつこかった為冷静さを取り戻しましたが、それでもその後の展開に恥ずかしさや居たたまれなさが生まれました。」

「……冷静さを取り戻したんですか? かなりの触れ合いだと聞いておりますが。」


誰に? 誰設定なの?


「何がしたいんだと言う疑問しかありませんでした。」

「……疑問しか……トキメキ的な、感情は、無かったですか……」

「無いですね。」

「少しも?」

「微塵も。」

「……っ、裁判官ッ!一度中断を要求しますッ!!」

「え、はい。許可します。」


設定が分からないな。取り敢えず休憩みたいだからイチゴ牛乳でも持ってきてあげよう。


ついでに残っていたチョコも持って居間に戻ると銀さんはテーブルに突っ伏していた。


「イチゴ牛乳ですよ―、チョコもあります。」


テーブルに投げ出されている手が開いたのでチョコを一粒置くと口元に持って行きもぐもぐ食べている。


飲み込み終わったのかガバッと起き上がりまた会議が再開された。



「はーい、再開しまーす。落ちる気は無いと言う昨日の話について。坂田さん側は今まで通りの主張を聞き入れつつも賭け続行の意志があるようですが、如何ですか」

「はい、自分の意志を通したら良いと思います。」

「落とすつもりで行くそうですが?」

「どうぞ。傍に居てくれるなら何だって良いと思っているそうです。」

「そ、うですか。」

「ただ、トキメキもドキドキも無いんで落ちる気はしないそうですが。」

「上げて落とすの止めてもらえますか」


再びテーブルに突っ伏した銀さん。

まるで当人がここに居ないかのように話してる。

投げ出されている手にチョコ乗せながら今度は私が質問を口に出した。


「……賭けについてですが、坂田さん側の希望と相手側の希望はまるで正反対。そんな2人がこのまま共に生活をし、負担になる事は本当にないのでしょうか。」

「……当方、手を出したい欲求よりも、傍に居てくれんなら何だって良い。と申しております。」

「特別には、思っているそうです。今まで感じた事のない特別を。でもこれ以上は望まない、故に応えない。そんな狡い人間でも傍に居る事は許されますか」

「俺が良いっつってんだから、許されるに決まってんだろ。……と、申しております。」

「そ、っか。ありがとう。」

チョコと一緒に握られている指がじんわり熱くなってきた。


「では、最初の議題に戻りましょうか?何処まで触って許されるのか。でしたっけ?」


言うとゆっくり身体を起こした銀さんと目が合う。


「何処まで、と聞くからには触れたい場所が大まかにでもあると言う事でしょうか?」

「具体的にありますね」

「具体的に?何処です?」

「太腿?」

「え?昨日触ってましたよね?」

「触ってねぇよ?」

「……あれは触った事にならないんだ……」

「あっ、あああ、触わりました。触った事になります、はい。手、の平で触りたい、なぁと、申して、おります。」


何で太腿にこだわるんだろう。そんなに太腿が好きなパーツなのかな。


「あれ? 首に痣付けてきた時触ってなかった?寧ろ舐めてたよね? 」

「あん時は、どうやってお前に恐怖心与えるかの方に頭いってたから。今思えば勿体無かったな。」

「恐怖心……」

「それに、今現在触りたいと申しております。」



あ、そっか。今の話だもんね。でも中々ハードルが高い……。はい、どーぞって言える場所ではない。


「……妥協案を出すと言うのは如何ですか?」

「妥協案?」

「はい。部位的にハードルが高い。故に妥協案。」

「良いでしょう、聞きましょう是非。」

「ありがとうございます、では私から妥協案を提案させて頂きます。 坂田さんの手を誘導して触れさせると言うのは如何でしょう?その間、一切手を動かさないと言う約束の元。」

「……お前が俺の手を自分の太腿に触れさせるように持ってってくれるっつー事?」

「そう。」


駄目?自分で触んないとやっぱり駄目なのかな。



「受理します。」

「あ、はい。ありがとうございます。なら今します?午後から仕事なんで、ちゃっちゃと終わらせましょう。」

「ムードとかねぇの?」


そんなの無い。






俺の後ろのソファーまで来て座ったこいつは隣に座れと言う。

ムードなし。そんな義務的に触りたいワケじゃねぇんだけどな。


腰を上げて空いてるこいつの右側に座ると、躊躇なく緩い裾を捲し上げて足の付け根で布が止まった。太腿が半分以上は晒されている。触りたいわ。うん、触りたい。ムードなんて無くても触りたい。


「はい、手貸して。」

差し出された手の上に自分の左手を乗せると、手首を掴みこれまた躊躇なく導いていく。俺の手を、自身の太腿の上に。


「動かしちゃ駄目よ。」


はい。

心の中で返事をし、誘導されてる自分の手をガン見した。


っ、マジか、マジで乗せたよこの子!


手の平に触れる感触。右の太腿の上に置かれる自分の左手をじっと見つめる。


「っ、なァ動かさないからさ、ちょっとだけ力入れてい? 痛くしないから。」

「ん−、どうぞ?」


許可された。

ゆっくり力を込めれば弾力さが更に際立つ。
ソファーに乗っているせいで少し横に広がった腿が俺の手に綺麗に収まる。

マジか。噛み付きたい衝動に駆られる。


ニヤケそうな顔を空いてる右手で顔半分覆うように隠して左手だけに神経を集中させていると、刺さるような視線を左から感じた。


「……何見てんの」

「こんな事が楽しいの? 」

「楽しいっつーか、嬉しいっつーか、」

「嬉しいの?そんなに太腿好きなの銀さん。」

「まぁ、お前の太腿結構ツボだから。」

「え?私の太腿に触りたかったの?」

「は? 」


何だって?

顔に置いていた手を外して横を見れば驚いた顔してこっちを見てるこいつ。驚いてんのはこっちなんだけど、こいつ今何て言った?


「おい、まさか誰でもかんでも触りてぇと思ってるって?」

「いやぁ、……そうゆうものなのかなって。」

「お前さぁ、昨日の何だと思ってんの?」

「…だって、男の人って誰でもって事は無いだろうけど、欲駆られるんじゃないの?」

「だとしてもだ。そこは信じとけよ、オメーに触って興奮してんだよこっちは。オメーの太腿触って喜んでる俺がバカみてぇじゃん。」

「…………凄いね銀さん。私触って喜べるんだ。」

「あぁ、お前がバカだった。」

「いっ!た、ちょっと、痛いんですけど!指食い込んでるっ、痛い!足痛い!!」


さっきまでの弾力確かめる程度の力から食い込むくらいまで強めた。内側の柔らかい部分に特に力を入れて。
必死に退かそうとしてるけど、そんな力じゃ動かす事も出来ねぇよ。



「ゆ、び!痛いってば! ね、本当に痛い! も、ごめんね!喜んで良いから!沢山喜んで良いから!」


いや、別に喜ぶ許可が欲しいんじゃねぇけど。


力を緩めると俺の手を膝の方にスライドさせて付いたであろう痕を確認している


「痕付いた、赤くなってる。痛いし、ズキズキするんだけど。」


ムッとしながら痕を指で撫で始めた。


「俺も撫でて良い?」

「駄目。もう力入れるのも駄目。」

「えー」

「直ぐこうやって意地悪する。その意地悪スイッチ何処にあるの?」

「お前が押してんだろ」

「人のせいにしないでよ。もう押せないように壊したい。」

「どこだろうな」



ソファーの背もたれに頭を倒し天井を見ながら、未だ退かされない左手に意識を持って行った


だけど少しして突然違う感触が加わった。手の甲にスベスベの、もっちりとした感触。


何だと思って顔を向けると、信じられない光景。

こいつはマジで馬鹿かと思った。


右腿に置いている俺の手の上から左脚を組むようにして乗せている。しかも直に。太腿の裏側が直接手の甲に触れ押し潰されながら、時折擦り付けるような動きまで加わり俺の中のまた違うスイッチが切り替わる。


「……何やってんの」

「んー、何が良いのかこんな私の太股がそんなにお好きみたいだからサンドにしてみ………………、た、」


言い終わる寸前に俺の顔を見上た瞬間固まって、遅れて出た一文字が空気の様に漏れた。



「ど、…したの? 怒った、?」

「いやぁ?怒ってるように、見える?」

「ど、…かな、でも、め、……目が……。」

「怖ェって?」

「っ、」


口端が吊り上がったと思う。だってすげェ怯えた顔するから。



「も、おしまいに、…しよう。ね、」


言いながら組んだ脚を下ろして挟んでた俺の手を退けようと掴んだ。それと同時に下を向いている顔を顎の下に右手を添えて軽く掴むようにしながらゆっくり顔を向かい合わせる。


「スイッチ押したのは、お前だぞ。」

「ど、こにあったの、それ、」

「さぁ、何処だろうなァ。」


耳元で声を出しそのまま耳の縁にわざと歯を当てると大きく肩が跳ねて、両手で俺の肩を押しながら抵抗してきた。



「っ!!待って待って!噛むの!? やだやだ何でっ、喜ぶかなって、思っただけなのにっ、じゃあもうしないからっ!」



………………



掴んでた手を離し、ついでに名残惜しいが太腿からも手を退けて距離を取った。

離れた瞬間手で自分の耳を覆って隠してる姿が、何ともまぁ…………。




「噛まねぇから、またやって。」

「…………一回つねっても良い?」



真顔になった。

俺が喜ぶかと思ってやってくれたのに噛み付かんばかりに迫ってきて、ころっと態度変えてまたやれと言われたら、……腹立つだろうな。



「……つねらせたらやってくれんの」

「そんなにやって欲しいんだ。なら何で怒るの。」

「別に怒ったワケじゃねぇよ。ちょっと興奮しただけ。」

「……興奮した顔なの?目、ギラ付いてたけど。」

「そうゆう顔してる男には近付くんじゃねぇぞ。」

「銀さん結構してるよね。」

「俺はいいの。特別だから。」

「自分は特別な相手に噛み付こうとするのに?」

「……」

「新たに痕も出来た。」

「……」

「昨日は人の脚勝手に使って、」

「ごめんな!? ソレちょいちょい出してくんのな!?」



それを言われるともう謝る他なくなる
すがるように抱き付けば頭の上から笑い声が聞こえてきた。



「冗談だよ。噛まれるかと思ったから、仕返し。」


あやすように頭に手を置かれ悔しくもなるが温かいから撫でられておく。


「……またやって。」

「気が向いたらね」



あんなの何処で覚えたんだこいつ。ただ思い付いただけ?

恐ろしい。賭けの勝敗が危うくなりそうだ。


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