5

「絶っ対、やめた方が良えで」

今日だけでもう5回目だった。

『ナギコはざいぜんくんのことしらないだけ』

1回目に言われた時、雑に殴り書いたそれをその後4回も指差した。凪子はその度に深く溜め息を吐く。知らないのは自分のほうや、と頭をぽかすかと叩かれるところまでがセットだった。

「アイツはなあ、女癖悪いねん。絶対1週間で捨てられるで、ロクなことないわ」
『優しい人だよ 大丈夫』
「なら付き合えば良えやん」
『それは考えたい』
「んあー、もう意味分からんわ! どっちやねん! はよ決めろや!」

悪く言われるとムキになってしまって、じゃあ付き合えと言われても踏ん切りがつかない。さぞイライラするだろうと思った。私も私に苛ついていたからだ。

「大体なあ、学校でエロいことする奴にまともな人間おらんのや」
『それはそうだけど』
「なんや、それは知っとったんか」
『この前見た』
「いつ」
『4日前くらい』

凪子は目を見開いて、壊れたロボットのように動かなくなってしまった。何か変なことでも書いてしまったのだろうか。

「見た時な、イライラした?」
『してない』
「ホンマに?」
『もやもやしたけど イライラはしてない』
「楓、もしかしてやけど、声出えへんくなったのその所為やないの? ストレスやストレス! 片想いの男が他の女抱いとるとかこの世の終わりや」
『そうかな』
「自分なあ……」

凪子は机に顔を伏せる。お手上げのようなポーズをしていて、何が何だか分からなかった。

「楓、ホンマに財前のこと好きなん?」
『好き』

迷いなく書いた2文字を、つきつけた。
私は財前君のことが好きだ。この気持ちは嘘なんかじゃない。なのにどうして、イエスを言えないのか、それがどうしても自分の力だけでは分からなかった。

凪子へ向けていたスケッチブックが、上から引き抜かれる。
顔を上げると、

「好きって何が? 好きな人おるの」
「自分のことやボケ」

「凪子!」と叫んでいたのだが、それは声になることなく、咳をするだけになってしまった。財前君はにやついたような笑みを貼り付けていた。

「ちゅーか、何しに来たんや」
「お昼ご飯食べに来たんやけど。毎日来るって言うたやろ」

どうやらあれは本気らしい。私の向かいの椅子をこちらへ向けて、目の前に座る。コンビニで買ったらしい弁当を広げて、いただきます、と行儀よく手を合わせた。
私とご飯を食べているのか、凪子とご飯を食べているのか分からない。箸を置いて、文字を書いて、また食事を進めるのはどうにも手間になってしまったし、割り込むほど大事な話はなく、ほとんど雑談だったのもある。2人が話しているのを横目に、パスタサラダを詰め込んだ。
そしてその空気に耐えかねたのは、私でも財前君でもなく、

「ホンマ分からん。自分ら何がしたいん?」
「七桜と飯食いたい」
「会話しろやアホ! ウチと話してどうすんねん」
「自分通訳ちゃうの」

財前君は終始けろっとした表情を崩さなかった。流石、毒舌と周りに言われるだけあって、その後何言かで、凪子は完全に沈黙してしまった。

「……どうやろなあ。俺のこと大好きな七桜さんが、俺に嫌いです付きまとわないでって言うの待っとるだけかもしれへんなあ」
『そんなこと言わない』
「じゃあ付き合ってくれるん?」

またその話に戻ってしまう。ペンを握って30秒、『保留』と書いて見せれば、財前君は困ったように笑った。そのタイミングで丁度良く、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴る。

「じゃ、明日も来るんで」
「二度とくんなアホー」
「アホはお前やろ、一緒に教室戻らな」

2人が去ってしまえば、穏やかな空間へ戻る。
私はどうして、決まりきった答えを出せないのだろう。天秤に何が吊り下がっているのか、結局今日も分からなかった。