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凪子と会えたのは、次の日の最初の休み時間だった。
「これやるわ」
と、簡潔に言って渡されたのは、ページの多いスケッチブックと太めのマジックペンだった。
「ダンヒツや。メールより楽やろ?」
私はスマホで文字を打つ方が早いのだけど。彼女は結構アナログ人間だった。早速それを貰い、1ページ目を開いて、隅に小さく、
『ひつだんだよ』
と書けば、凪子は顔を赤くする。タイミングを図ったように鳴ったチャイムで、次の授業始まるから! と、逃げるように去っていった。
昼休み。屋上に散らばる生徒に隠れて、スケッチブックを開いた。昨日あったことを、できるだけわかりやすく書き出せば、終わった頃に凪子はうんと唸る。
「うーん…………何で逃げたん? 楓、ずっと財前のこと好きやったやろ」
え、と口をぽかんと開けた。そんなこと、誰にも言ったことが無かったから。顔だけがそう動く様が面白かったのか、凪子は声を抑えて笑う。
「態度見とったら分かるわ。せやから財前に声の事も教えてやったんや。アイツああ見えて心配性やねん」
余計なお節介だ。彼女なりに、私を応援してくれたのだと思うけど、あまりに空回りだった。
だって私は、財前君を見るだけで良くて、話しかけるなんてとんでもないと思っていたから。
「財前のどこが良いん? 顔は良えと思うけど、性格難ありすぎやろ」
『いい人だよ』
「まあ悪い人間やないけど……ちゅうか、なんでフッた相手の肩持つねん」
『ごめ』
ん、と書く前に、ペンを滑らせていた手が止まった。
そうか、振っちゃったんだ。今まで自分のことで頭がいっぱいで、だから逃げてしまったのだけど、周りから見たら振ったも同然だ。ガツン、と頭を殴られたような気分だった。
「まあ辞めたのは正解やと思うけどな。アイツ女癖最悪やし」
「誰が最悪や」
頭上から降ってきた声に驚いて顔を上げるのと、凪子がグーで頭を叩かれたのは同じくらいで。あわあわと手を彷徨わせてしまった。
どうしてここにとか、どうして不貞腐れてるのとか、言いたい言葉はいくつか浮かんだが、そのどれも書き出すことは無かった。さも当たり前のように私たちの前に腰を下ろす財前君を、ただ、ぽかんと口を開けて見届けるしかなかった。
「はあ? 事実やろ? 学校の女全員抱いたみたいな顔しよって」
「いやいや抱いてへんし」
「た、と、え、や! 彼女は取っかえ引っかえやし学校で盛るし最悪やねん。そんなんでよ〜くウチのトモダチにちょっかい出せましたなあ」
2人のやりとりをどこか遠くの出来事のように聞いていた。それでも言葉の節々で、この前の事がフラッシュバックして、財前君との目の合わせ方が分からなくなった。耳を塞ぎたくなって、胸が痛くなる。思わず凪子の袖口を引っ張った。
『その話 やめて』
「………………ごめん」
謝られた事に申し訳なさを感じた。なんだかぎくしゃくとしてしまった空気に耐えきれなくて、ごまかすようにサンドイッチを1口押し込む。暫くすれば、2人は次のコマがどうとか、明日の小テストがどうとかの話しを始めたので、胸をなでおろした。
「七桜」
最後の1口を押し込んだ所で、突然名前を呼ばれた。思わず噎せそうになって、スケッチブックを真っ白いページに変えてから、『 何?』と書いて見せる。
「俺まだフラれたって思うてへんから。……ああ、答え出るまでは一緒に飯食いに来るんで」
「何勝手に決めとんねん。ちゃんとお付き合いしてから出直せや」
私が書くよりも早く、凪子の口が開いた。もはや通訳だ。財前君は凪子を一瞥してから、
「嫌なら早よごめんなさいって言えば良えやん」
肝心なところは私に丸投げするのだから、狡い。
見てるだけで良いなら、付き合わなくていいなら早く断ってしまえばいいのに。自分の天秤に何と何が釣り下がっているのか、自分で分からなくて混乱していた。
『少し考えさせて下さい』
だから先延ばしにすることしか出来なくて。小さくなってしまった文字が見づらいのか、彼の顔が近づく。スケッチブックで壁を作れば、それを掴まれて心臓が跳ねた。自分がどんな顔をしているのか分からなくて、スケッチブックを握る手に力をこめる。しかしそれが奪われることはなくて、聞こえたのはべり、とページが破れる音だった。
「言質」
2つの言葉だけがバランス悪く配置されたそれを私に見せ、笑う。久々に合わせた目線が熱くて、動かすことが出来なかった。
「じゃあ、待っとるんで。今日でも明日でも2年後でも良えから、答え出してな?」
ああこれは本当に、
どうしよう。