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休みじゃなかったの。
コンクールって言ってなかったっけ。

という声が、聞こえる気がする。気がするだけで、誰もそんなこと言ってないのだけど。
いつ言われるのかな、とか、色々な恥ずかしさでぐちゃぐちゃになって、無言で自分の席につくことしか出来なかった。


教室の外を眺めていたら放課後になっていたなんて、初めてだ。気がつけば、グラウンドは部活動の生徒で活気に溢れていた。
冬は日が暮れるのが早い。うっすらと星が出ている。それを見て、

(帰らなきゃ……)

立ち上がろうとして、止まる。教室の入口に、人影が見えた気がした。

「まだおったん?」

人影の方から声がして、コツ、コツと足音が近づいてくる。声を聞いただけで、私はその場所から完全に動けなくなってしまった。
人影は私の目の前で止まる。窓から入ってくるうっすらとした光が、5輪のピアスをきらきらと輝かせていた。

「はよ帰らなあかんて。変なやつに絡まれたらどないするん?」

いつもより、少しだけトーンが冷たかった。声さえ出れば、小言を言ったり、言い返したり出来るのに。それが出来ないもどかしさで、何かを伝えようとする行為を、やめた。

暫くの静寂が続く。グラウンドであがる、部活動生の声が遠目に聞こえるだけだった。
数秒か、数分だったか。耐えかねたのか、彼は気まずそうに手のひらを自分の頭へ持って行く。ふう、と一息吐いて、私の前の席へと腰を下ろした。

「声、出なくなったて聞いたんやけど。東雲に。」

それを私に聞いたところで、答える術がないのだ。
この高校で、彼と話したことなんて1度もなかった。それが突然これである。声が出ても返答に困ってしまう。
そもそも、なんなんだ。入学して、何ヶ月も、一言も会話したことがない男が、最近はよく会う。昨日だって、プリントの束を渡しに来た。いつもなら凪子が持ってくるのに。
頭を支配したのは怒りだった。その怒りが、一昨日の件を思い出せば、また違ったものに変換される。どうやっても気分が落ち込む。それが何故かわからなくて、耳にこびりついた音を脳から追い出すのに必死だった。

「七桜」

だから、名前を呼ばれたことを唐突に思ったのだと思う。
考え事をしていた。彼の話は全然聞いていなかった。ごめん、と口から出そうなのに、何も出なかった。

「俺な、七桜のこと好き」

それから紡がれた言葉は魔法だった。全身が、ぶわ、と、粟立つ。感じたのは、幸福ではなく恐怖だった。
唐突な告白と、それに対抗する術を持たないことで、溢れ出しそうになった涙を無理やり引っ込める。

「七桜のこと好きや。ずっと。せやから……」

ずっと。
ずっと、と彼はそう言っただろうか。引っ込めた涙は一瞬のうちに返ってきた。どうして泣いたのか分からなくて、どうして泣いたのかと聞かれたくなくて、気づかれる前に教室を飛び出した。





『どうしよう』

拝啓親友の凪子様へ。5文字のメールを送れば、返信はすぐにやってきた。

『どうしたの?』

それから返信をしたのは、1時間くらい経っていたと思う。どこから話せばいいのか分からなくて、書いたり消したりを繰り返していた。
要約、財前君に告白されました。と。それだけ言えば、良かったね言うのが彼女である。東雲凪子とはそういう人だった。
だから1から、事細かに話す必要があって、文章はめちゃくちゃになったと思う。めちゃくちゃな文章の中から要点だけをつまみ出されるか、要点だけでは事足りないからめちゃくちゃになったのか、凪子なら察してくれると思う。
ついでのように『声のこと、財前君に言ったでしょ』と最後に付け足して送った。
それから返信がきたのは1分後である。

『長すぎてわからんから、明日話そう』

彼女は電話派だった。たすけてとか、どうしようとか、それだけ送れば、すぐに電話を掛けてくるのである。私の声が出ないことに配慮して、メールで続けようとした結果がこれだった。

明日までには頭の中を整理しなきゃ。
瞼を閉じても一向に眠れなくて、イヤホンを掴んで、ぐるぐるとした頭の中に音楽を詰め込んだ。