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全国合唱コンクール。1日前。
違和感の正体はすぐに分かった。

「………………ぁ、……」

声が、出なかった。
頑張って出せる声はどうやっても掠れていて、1文字ずつ、途切れ途切れに出すことが精一杯だった。
冷や汗が背中を伝った。
午前中だけ学校に行って、午後からは合唱団での最後の練習の予定だった。この際学校はいい。午後に間に合わせなきゃ。焦る気持ちを無理やり落ち着かせ、深呼吸をする。そうだ、病院へ行こう。薬とか、貰えるかもしれない。学校には連絡のしようがなかったので、なんとなく罪悪感を覚えながら病院へと向かった。





要約、一時的なストレスで声が出なくなりました。だそう。

「コンクールのことが、プレッシャーになったのかもしれません」

違う。そんなことない。今まで何回だってステージに上がった。人の前に立った。緊張することはあったけど、プレッシャーはなかった、と思う。今回は、いつもと違ってソロのパートもあったけど、それでも、プレッシャーなんて、絶対になかった。

「個人差ですが、1週間から1ヶ月くらいは、声が出ない状態になります。それ以上長引く場合は、根本的な解決を目指した方がいいかと」

なんて医師の言葉は、ただの死刑宣告だった。
小学から習い始めた合唱で、高校生になって、初めてソロパートを貰った。たった12文字だけど、それでも、私の人生をかけていいくらいの価値があった。その価値は、原因不明のストレスでぼろぼろと無くなってしまった。


泣きながら、合唱の先生にメールを打った。3時間かかった。途中で、練習に来なかったからか、電話が掛かってきたけど、出ることが出来なかった。

やっとの思いでメール送信して30分後、返ってきた言葉は

『コンクール、見に来る?』

惨めになって、涙が止まらなくなって、行かない、と返事をした。
最後に健常な喉で発した言葉がため息だなんて、本当に幸せが逃げてしまったのかもしれない。
……明日は、どうしよう。
コンクールに行かないということは、学校に行かなきゃいけない。でも休むと言っていたから、おかしいかな。
どうしようかと悩んで、仲のいい友達に、簡潔にメールで伝えて、返信を見ないようにと携帯を投げ出して瞼を閉じた。


鳴り止まないチャイムで目が覚めた。ピンポン、ピンポンと一定の感覚で押されるそれは、居留守で躱そうとしたが止みそうにない。
諦めて布団からするりと抜ける。覚束無い足取りで玄関まで歩き、ドアスコープを覗いた。

「っ……、!」

声が出なくて良かった、と一瞬だけ思った。声にならない悲鳴を上げて後ずさる。彼は、明るくも暗くもなく、いつもの表情で立っていた。向こうからは見えていないだろうけど、目が合った気がして、昨日の図書室前での出来事を思い出す。目眩がした。

出たくない自分が勝ってしまい、そのまま居留守を決め込む。数分経てば、諦めたのか、ドアポストに封筒が放り込まれた後、遠ざかる足音が聞こえた。
足音が完全に消えてしまってから、へたりと座り込む。


今のは、先程ドアを挟んで向かい合っていたのは。
確かに、財前光という男であった。