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財前君の毎日来る宣言は、三日坊主だった。一緒に昼食をとる凪子も、なんやあいつと文句を言いながら、日に日にその文句も減っていった。

それからちょうど1週間経って、今私は病院に来ている。
徐々に出るようになってきた声が、やっと会話をできるくらいには回復したのだ。病院で診てもらえば、大丈夫だけど、まだ負担をかけるのは良くないなら、暫くは気をつけてとのことだった。

「ホンマ治って良かったわ」
「ありがとう……まだ、歌の方はダメって、念押されちゃったけど」

それでも、不便な日常からは少しだけ解放された。声によるコミュニケーションがこんなに多いなんて、一度失ってみないと分からないものだ。分かっているつもりで、分からなかった。

「声戻ったら聞こう思うてたんやけど……財前と喧嘩でもしたん?」

凪子は、直球ストレート以外の言葉を知らない。
喧嘩ではなかったと思う。私が、別に、財前君を好きじゃないことに気づいてしまっただけで、けれどそれを他人に伝えることは、なんだか難しかった。だから誤魔化すしかなくて、

「よくわかんない」
「……財前も同じこと言いよったわ」

『よう分からんわ』と、似ていないモノマネを披露する様がおかしくて、つい笑ってしまった。


財前君は、キラキラと輝いていて、底知れぬ魅力で皆を魅了して、そして、何より、格好いい人だった。
そんな財前君に恋をして、酷く煤けたような、格好悪くなった財前君に恋をされて、それがどうしても嫌だった。私は私を、わがままだと思う。



その日の放課後は、課題が終わらなくて缶詰状態だった。パソコン室の隅っこで、同好会の方々の邪魔にならないように座る。調べ物が終わった頃には1人になっていた。
鍵を職員室に戻せば、先生は口を尖らせて、早く帰れと念を押した。いつもは元気な部活動生の声も聞こえないことに気がついて、ふと時計を見れば8時をまわっていた。ああ、これは流石に、先生も怒るだろうと納得する。まっすぐと昇降口へ向かった。

真っ暗な廊下に、私が歩く音だけが響く。多少の怖さを感じながら、やっとの思いで昇降口へとたどり着いた。

「……な、なんで」
「靴あったから、帰ってへんのかと思って」

私以外の生徒はみんな帰っているものだと思って、だからびっくりしたし、その人が私の靴箱の真向かいにいるものだから、余計に驚いてしまった。

「七桜、帰ろ」

ローファを引っ掛けた私の手を、それだけ言って引っ張る。一緒に、帰るという意味であることにその後気づいた。五輪色のピアスは、外套に照らされていた。


駅までの道のりを、早足で歩く。財前君は私の手を離してくれなくて、歩幅が大きいから、合わせるのがやっとだった。

「声、戻ったんやな」
「うん」

開かれた口からでてきたものは、他愛もない、日常だった。この日常が続けばいいのに、というのは、私のただのお願いだった。

「俺な、逃げたんや。嫌い、って、言葉で言われるのが怖かった」

だから、凪子から声が出なくなったと聞いて、私に告白したらしい。ぽつぽつと、途切れ途切れに吐露する様子は、雨のようだった。

「……逃げるのやめよ思うて。喋れるようになるまで待っとったんやけど」
「それで、お昼来なかったの?」
「せやけど。……なん、寂しかったん?」
「よく分からない」

曖昧に返せば、財前君は口を噤んだ。けれど歩幅は緩めず、ただ黙々と歩く。なんだか耐えきれなくなって、先に口を開いたのは私の方だった。

「財前君は、私のどこが好きなの」

つい、試すような口調になったのだけど。財前君はここで、初めて振り返った。少しだけ驚いたような顔だったと思う。目線を右上にやってから、真っ直ぐに私を見据えた。

「前も言ったやん。ずっと、ずっと好きだった」
「答えになってないよ」

どこがと言ったのに、いつからの話をするのだ。それが無性に、イライラしてしまう。

「七桜は、」

ふと、言葉を切られて、足を止めてしまう。

「もう考えたんやろ。はよ聞きたい」

財前君は私の手を離して、振り返って、立ち止まった。
向かい合う私たちを、星空が囲んでいる。ここにいるのは私たちだけだったけど、まるで、この世界に2人だけになったような、そんな感じがした。
それはずっと、私も思っていたことで、モヤモヤとした気持ちが、つい、口から漏れてしまった。

「財前君のずっと、って、いつからなの」