0日目 あなたの思考の半分も分からない

「みんな来るの?」

誰にも聞こえないよう耳打ちした。跡部さんは呆れたように、

「当たり前だろ」
「やっぱり帰る」

移動用のバスと逆方向に歩き出す。が、僅かな抵抗も虚しく簡単に捕まってしまった。

「本当に可愛げねぇとこばかり成長するな」
「うるさい」
「あんまり言うこと聞かねえと、俺様が抱っこして連れて行くことになるぜ?」
「きもちわるい」

露骨に嫌な顔をしても、彼は1歩も引く気は無いらしい。思わず出そうになった溜め息を飲み込んだ。
跡部さんは、決めたことを簡単に曲げるようなことはしない。それが圧倒的長所になってしまうのが彼のカリスマというやつだが、今回ばかりは私が折れるわけにはいかない。

「大体、私が行ったら『みんな』嫌がるでしょ?」

数ヶ月前、私がまだブラウンのブレザーを着ていた頃。全校生徒を敵に回すような勢いで、嫌われ者というレッテルを貼られ生活していた。
全校生徒というのはテニス部のみんなも例外ではなくて、だから私は、逃げるように四天宝寺へと転がり込んだ。

跡部さんや日吉くんには黙って転校した。だから怖くて、連絡を取ることができなかった。さっき跡部さんにつくってもらった30分で、本当に、久しぶりに日吉くんと話すことができた。
事情を知っている跡部さんが、無理に私を連れてきた理由が分からなかったのだが、日吉くんとのその場をセッティングする為だと納得していた。こうでもされなければ、彼と話すことはもう無かったと思う。
だから、もう私は帰って良いと思っていたのだけど。跡部さんはまだ何かを隠しているようだった。

「……………………」

跡部さんは口許に手をあて、考えているようだった。そして答えが出たのか、口角が釣り上がる。

「……わかった。」

ありがとう跡部さん。私にちょっとだけ甘いところ、好きよ。
ほっとした瞬間、何が起こったのかを理解するまでに時間がかかった。

「……なにこれ」
「言うこと聞かねえなら抱っこして連れていくって言っただろ?」

跡部さんの右手は腰にあり、左手は膝の下にあって、いわゆる、その、

「しにたい」
「テメェが言うと冗談じゃねえな」
「おろしてください」
「ははは、断る」

あまりに上機嫌だった。頭を1発殴りたい。
こうなってしまえば聞かないことは知っている。諦めようとした矢先、バスの方から走ってくる人影が見えた。
遅い私たちを心配したのだろう。遠目に、左手が妙に白く見えて、あれが白石先輩だと判断するのと、諦めたらまずいと判断するのはほぼ同時だった。

流石に観念しました。ちゃんと行きますから、どうかおろしてください。と真面目にお願いしてみたが、それはまた無慈悲な「断る」で却下され、最後の抵抗は虚しく終わってしまった。

「2人とも遅いから心配したんやけど……なんや楽しそうやな」

こうやって、こうやって二次被害が出るから止めて欲しかったのに。全然楽しくない私と反比例するように、跡部さんは余計に楽しそうに笑った。

「跡部クンずるい、俺にもさせてや」
「そんなこと言ってないで止めてください…」

あまりに恥ずかしい。私が顔を覆えば、飽きたのか知らないが、跡部さんはようやく下ろしてくれた。精神的な疲れがどっとくる。


全員がバスに乗っているのを確認して、出発した。
跡部さんが手配してくれた貸切バスで、合宿の拠点まで2時間弱。私たちが到着する頃には、立海と、氷帝のメンバーも集まっているだろうとの事だった。

バスに乗り込むと、財前くんが隣に座るよう手招きをした。そこへ座ろうとしたところを、前を歩いていた跡部さんに1番後ろの空席まで引っ張られる。窓際へ追いやられ、隣に跡部さんが座った。

「なんで隣なんです」
「俺とはまだ話してないだろ。最近はどうだ?」
「話すことなどございません」

冷静に取り繕って、でも頭はパンクしそうで、話している場合ではなかった。バスを降りれば、数ヶ月ぶりに彼らに会うことになる。
どんな顔をすればいいのか。きっと相手も、いい顔はしないと思う。

「震えてるぞ?」
「誰の所為よ」
「口」
「……誰の所為ですか」

2人でない時は、先輩と後輩で。普通の生活がしたい、と言った私と、跡部さんとの取り決めだった。学校が変わったから、後輩かと聞かれたら分からないのだけど。

「藤崎」
「…………」
「正直迷った。アイツには会わせるべきじゃねえと思った」
「だったら……」
「だが、俺を信じて欲しい。この合宿で何があろうと」

絶対に俺だけは信じろ、と。あまりにくさいセリフを真顔で言うのだから、笑わずにはいられなかった。

「着くまで寝ておけ。」
「……はい。」

多分また眠れないだろうけど。瞼だけを下ろすと、跡部さんの腕が私の肩を抱いた。


---> Rute 財前