プロローグ
うるさい。
新幹線の轟音をイヤホンでシャットアウトして、どうしてこうなったんだろうとぼんやりと考えていた。
「どないしたん?」
ふと、左の耳を塞いでいたイヤホンを外され、最初に耳に入ったのはその声だった。
「酔ったんなら、席倒してええよ。後ろ謙也さんやし。」
「ううん、大丈夫」
そんなに顔色が悪かっただろうか。窓に写る自分の顔を見てみるが、いつもと変わりなく思えた。その後ろには心配そうに私を見る、五輪ピアスの男の子。
「謙也さん、京子ちゃんがちょい酔っとるから、席倒してもええやろか」
「おう、構へんよ」
私の大丈夫は聞こえなかったのか。財前くんは席を倒して寝ておけ、と釘を刺してきた。
否定するのも面倒くさいので、言われた通りにする。再びイヤホンで耳を塞ぎ、心地良い音楽に身を任せて、現実から逃げるように目を瞑った。
今頃家でのんびりしているはずだったのに、どうしてこうなったんだろう。
ことは数日前に遡る。
「絶対やだ」
「まあまあ、そう言わんと」
これだけは絶対に譲れないと、初めて自分の意見らしいものを言ってみたが、どうやら通すつもりは無いようだった。
突然渡された新幹線の切符。
きけば、「ゴールデンウィークに氷帝・立海と3校で合同合宿をするから一緒に来い」という話で、私が行くのは、本人が居ない間に決定していた。
「予定空いてないし」
「友達も親戚もおらんのに何の用事があんの?」
「お、オフ会……?」
「吐くならもうちょいマシな嘘吐きや」
財前くんは呆れたように首を横に振った。
「じゃ、決まりってことで」
「待って。決まってない」
「むしろどこに断る理由があるのか分からへん」
「むしろなんで私が行かなきゃいけないのか分からへんです」
仮に私が、正式にテニス部の一員であれば分かる。
転校生という理由で保留にさせ続けている部活動。そろそろ決めろと怒られそうだったので、とりあえず文化部には入ったが、運動部の方はいまだに保留中である。
言ってしまえば、こうやってテニス部のメンバーと関わることはあっても、テニス部との関わりは全く無かった。
「それなんやけど……何でも氷帝の跡部さんに、引きずってでも藤崎京子を連れて来いって言われたって部長が」
「白石先輩が」
「部長もよう分からんとオッケー出したから、連れて行かんと怒られる〜って俺に泣きついてきた訳や」
「泣きついてきた」
「せやから俺が引きずってでも京子ちゃん連れて行かな、俺が怒られるっちゅー流れや。どや、行く気になったやろ」
「全っ然!」
つい大きい声を出してしまい、クラスの注目を集めてしまう。恥ずかしくて机に突っ伏すると、それが面白かったのか、頭をツンツンと突いてきた。
「絶対行かない」
「何でそないに嫌なん?」
「………………」
言葉が続かなかった。
「理由言ってくれたら、俺がテキトーに部長に誤魔化しとくけど」
「…………いや、いいよ。」
「じゃあ来てくれるん?」
「……跡部さんに直接言うから大丈夫」
「自分強気やな」
これ以上、財前くんを困らせないようにと思ったのが本音だった。
しかし結局、その日のうちに跡部さんに丸め込まれ、次の日には弱々しく行きます、という旨を伝えてしまうことになるのだった。
「ほな、一週間限定でテニス部員や。よろしく頼むで!」
「よろしくお願いします」
「まあ言うても、京子ちゃん元々テニス部やなかったっけー? みたいに思っとる奴の方が多いから」
「はあ……」
一週間限定で部長になった白石先輩に背中を押され、大阪のホームを後にした。