3日目 誰も嘘には靡かない

「切原の奴、殴っていいか?」
「だめ」

短い単語で止めれば、日吉くんは不満そうに頬を膨らませた。

彼にしては珍しく、腹を立てていた。どうやら朝から、切原くんが私の事を悪く言っていたらしい。別に、良いのだけど。そんなことで傷ついていたら、身が持たなかった。

神田さんは、絶対に有言実行をする。初日に、私に、死なせてあげると言ったから、それを実行しなければいけなかった。
だから同じことをすれば、私の心が折れるとでも思っているのかもしれない。今更誰に嘘を吹き込んで、私を貶めたって、私は絶対に死なないというのに。

「なんか、暇だね」

私はベッドの上から動いていなかった。日吉くんは、さっきまで読んでいた本を閉じて、次の本に取り掛かる。夏にオススメ怪談100選、と、いかにもな書体で書かれていて、何も変わってないのだと安心した。

「暇なら寝ろ」
「もう眠くないわ」

だから暇を潰そうと、遠回しに言ったのだけど、ストレートに言わないと伝わらないらしい。日吉くんが目を通している本を奪えば。あ、と間抜けな声を出した。

「こっくりさんとか、やったことある?」
「まだだな」
「予定はあるの?」
「まあ、いずれは」

自分で聞いておきながら、背筋が震えた。この手の話は苦手だ。趣味を否定する気はないが、私であれば遠慮したい世界だった。
これで話を繋げようと思ったのは、どうやら失敗だったようだ。奪い取ったそれを日吉くんの手に戻し、再びベッドへと転がった。

ふと時計を見れば昼食の時間で、行った方が良いのか、行かなくて良いのか悩む。この様子だと、体調不良だとかなんだとか丸め込まれてそうだし、無理に行った方が心配をかけるかもしれない。どうしよう、と相談すれば、行かない面倒くさいとそれだけ言って、足許にあったバッグからぬれ煎餅を取り出した。まさかそれで、空腹を凌ぐつもりだろうか。

「……お腹空いてるなら、行けば良いじゃない」
「面倒くさい。仮病かよって、練習に戻されるのがオチだ」
「日吉くん、合宿面倒になってるでしょ。まだ3日目よ」
「もう3日目だ」

それもそうだ。今日は合宿の中日にあたり、ただ最終日は帰るだけなので、実質折り返しは過ぎていた。そう考えれば酷く短い合宿なのだけど、今の私にはとてつもなく、長い。
神田さんが何を考えているのか分からないし、氷帝のメンバーには悪い印象を持たれたままだし、立海の一部からも、既に好印象はないようだ。でも、初日からどのくらい拗れたかと聞かれたら、それほどでもないと思った。だから残りの、半分もない時間の方がよっぽど怖く感じた。彼女は絶対に、有言実行だ。もしかしたら、私が見ていない今のうちにだって、

「やっぱり、お昼からは行こうかな」

ベッドから立ち上がり、適当に髪を結ぶ。視線で追われた気がして日吉くんの方を向けば、ふい、と顔を逸らされた。

「日吉くんは?」
「仮病だと思われたくない」
「じゃあ医務室だね」

医務室と言っても立派なものではなく、同じような部屋の1つに救急用の備品を一式揃えているだけだ。だから自室でも良かったのだけど、合宿が始まって以来一度も使われていないその部屋を、なんだか可哀相に思ってしまった。



「もう大丈夫です」

跡部さんの背中を見つけて、声をかける。朝よりはマシになった顔を見せれば、引き攣らせながらも了承してくれた。

「気分が悪くなったら、直ぐに言えよ」

すれ違い様に髪をくしゃくしゃと乱され、言葉を失う。そういうところは全然分かってくれないのだ。遠くから様子を見ていた神田さんと目が合って、睨まれているような気がしたのは、気の所為ではないと思った。



--->Rute 日吉