i日目 招待状
「マネージャーになります……藤崎京子です……よろしくお願いします……」
ニコニコと、ご満悦の笑みを浮かべた王様の隣で、力なく挨拶をしたのはあれから数ヶ月後の話だった。
マネージャーに誘われたのをお断りしてから、跡部さんの勧誘はエスカレートし、自称ファンクラブからのご招待も比例して増えた。入った方が楽だぞ、と、彼の敷いたレールに乗っけられたのだ。でも、私だって馬鹿じゃない。ハイソウデスカと受ける程、馬鹿ではなかった。
「マネージャー、やってやるので、条件があります」
「何だ、言ってみろ」
「…………もう1人、入れて。出来れば女の子」
80パーセント、いや、100パーセント跡部さんのせいで、私には友達がいなかった。忍足さんとか、不本意だが跡部さんとお話できれば窮屈なことはなかったけど、それでは私が"藤崎"京子である意味が無い。
「分かった。」
跡部さんはそれを、二つ返事で了承した。
「同じくマネージャーの神田愛子です。よろしくお願いします!」
私なんかよりずっと活発な子だった。茶色いポニーテールが、ことある事に揺れる姿が印象的で。
マネージャーをもう1人入れること、私だけに構わないこと。それが条件だった。
「藤崎さんって、テニス詳しいのね」
「昔少しだけやってたから、ちょっとね」
褒められると照れくさい。神田さんは、テニスの知識は0に近かったが、私や部員達が教えればすんなりとそれを自分のモノにした。きっと要領がいいのだろう。
同じ境遇にいれば、必然的に話すことも多くなる。クラスは違ったが、例えばお昼を一緒に食べたり、休日に遊びに行く時間は増えた。
「藤崎さんって、一人暮らしなんだよね」
「えっと、そうだけど」
「遊びに行ってもいいかな」
それは日曜日の夕方、2人で買い物をした帰りだった。
「いいけど、安いところだから、あんまり綺麗じゃないかも」
「そういうのは気にしないから良いの。」
「それならいい…………あ、でも、ごめん、中全然片付いてないから」
「じゃあ一緒に片付けしよ!」
神田さんには既に、私の散らかし癖がバレていたから、気にしないという風だった。
ああ、普通の中学生って、こうやって友達と遊ぶのかな。神田さんに見えないように、ふふ、と笑った。
家の中は私が思ったよりも汚くて、開けた瞬間頭を抱えた。
「ごめん、やっぱり少し片付けるから、外で待っててくれないかしら」
「良いの良いの。藤崎さん、散らかす人って知ってるし。それに私の予想より綺麗よ?」
一体どのくらいを想像していたのか。酷いと思ったが、この性格と部屋は事実だから怒りようがない。ニコ、と笑う彼女の笑みに押し負けて、2人で部屋へと上がった。
片付けには実に30分を要した。ある程度で済ませたのだが、見違える程だった。どれだけ汚かったかがわかる。
「ありがとう。でもごめんなさいね、お休みの日にこんなこと手伝わせちゃって」
「だから良いの。友達でしょ?」
友達、と言われて、不意に泣きそうになったのを堪えた。こんなことで泣くなんて、普通の人じゃない。もう一度ありがとう、と呟いた。
それから少しお喋りをしていると、日が落ちそうになっているのが見えた。暗くなると危ないから、と神田さんを駅まで送る。家に戻って、いつもより広く感じる部屋に寝転がった。
「友達かあ…………」
初めて言われた言葉に、心が踊った。それを邪魔したのは1本の電話で、画面に表情された名前を見て、げんなりとするのである。
「……はい。」
『ったく、何回掛ければ出るんだテメェは』
「うるさいわね。私にだって用事くらいあります」
電話越しの跡部さんはなんだか怒っているような気がした。怒っている時の用件なんか分かりきっている。
『まあいい。…………要件をお伝えしますが、』
急に改まるものだから、ああやっぱりそういう話か、と頭を切り替えた。
『来週末のパーティ、京子さんだけお返事を頂けていないのですが』
「パーティ?」
『招待状をお送りしていませんか?』
と言われても、心当たりなんてない。郵便物は放置することが多いから、もしかしたら、どこかに置いてそのままなのかもしれないけど。いつも束にして置いている場所を見てみたが、そこから郵便物は全て消えていた。ああそうだ、今さっき片付けしたんだ。
捨てたかも、なんて言うのは気が引けて、
「……届いてないか、お父さんに聞いてみる」
『ご実家ではなく、豚小屋のような家の方にお送りしましたが』
「うわ、酷い。ちゃんと人が住んでるわ。訂正して」
と言っても、電話の奥で笑うだけだった。
「もういい、分かったわよ。探して明日にはお返しする」
『どうせ貴女のことだから捨てたものかと』
「…………はぁ、そうね、多分捨てたわ。ごめんなさい。口頭でいいかしら? 参加するわけないでしょ」
いつもの文言を叩きつけた。氷帝学園へ入って3度目のやりとりだ。過去2回は、なんとか招待状を見つけ出せたのでお返ししたが、それを受け取った跡部さんからお怒りの電話が掛かってきて、同じことを言った気がする。
『分かりました。であれば、次のパーティはご参加ということで』
「次もその次もその次の次も行かないわよ」
『それは困ります。約束した筈ですが、3回断った次のパーティは来ていただくと』
「はあ? そんな約束、してない!」
いや、正確には、口約束的なそれは、あったのをぼんやり覚えているのだけど。でもあれはかなり昔の話だったし、口喧嘩をした時だ。無効だ。無効に決まっている。最後までシラを切ろうと固く決意して、通話を切った。