2日目 夢の話

「少しくらい良いじゃない! あなたは何でも持っている! 私には何もないの!」

耳を劈いたのは怒りだった。

「少しくらい貰ったって良いじゃない! あなたはそれ、要らないんでしょ?!」
「うん、要らない。でもあなたにあげるようなものじゃない」
「それがズルいって言ってるの! 良いわ、くれないなら奪ってやる、あなたの地位も、名誉も、名前だって――」



最悪の目覚めだった。
充電中のスマホに手を伸ばせば、時計は夜の10時を過ぎていた。時間の下には大量の、着信のお知らせが並んでいた。財前くんだ。初日は白石先輩だったっけ、と、彼らのお人好しぶりには困ってしまう。どうしたって甘えてしまうのだ。

このまま寝てしまおうと目を瞑ったところで、電話が掛かってきた。もういやだ、眠い。と思いつつも、なんとなく、これを取らないと部屋に突入されそうなそんな予感がして、気だるいまま通話ボタンを押した。

「……もしもし」
『私財前さん。今あなたの部屋の前にいるの』

ど、と汗が吹き出た。予想が当たったこともそうだし、ああボケなんだ、と思ったのもそうだし、次に何を言えばいいか分からなくてとにかく焦った。

「ごめん、ちょっと待って、帰って」
『夕飯来えへんのが悪いんや。あと5秒で開けるで。4、3……』
「待って、待って! あと3分!」
『しゃーないなあ。2分だけ待ったるわ』

私はもしかして寝ている間に、彼の地雷を踏み抜いてしまったのかもしれない。と言っても、財前くんの拗ねるポイントはいくら考えたって分からない。そんなことを考えるよりも、散らかったゴミを部屋の隅に寄せるのと、ボサボサの髪を整えるのと、酷い表情をした顔をぴしゃりと整える方が先だった。



「別に片づけんでもええやん」
「ば、ばか!」
「そこはアホ言うんや」

2分経ったのか、3分経ったのか、勝手に部屋へ入ってきた彼の開口一番はそれだった。

「俺やなくて謙也さんやったら片づけん癖に」
「それと! これは! 別の話!」
「俺と謙也さんのどこが違うんや。ああ、そういや、跡部さんにもベタベタしとったなあ、正直妬いたわ」
「何で財前くんが妬くのよ」

じと、と睨みつけても、財前くんが怯む事はない。床に勝手に座り込み、はよ掃除終わらせやと煽ってくるのである。手早く済ませて座布団代わりにシーツを畳んで床に置いた。

「飯は来んと心配するやろ」
「……別に、死んでるわけじゃないんだから。良いでしょ」

ふい、と顔を逸らす。あ、だめだ、やってしまった。こんなに棘のある言い方をしてしまってはいけなかった。さっき寝る前に思った事なのに、自分との約束を破るのはとても早い。すかさず謝ろうと思ったが、そういえば、財前くんとはいつもこうだったと思って。でも、ああ違う、最初に会った時はこんな感じじゃなかった。財前くんに、気を許したのって、何時からだろう。

「京子ちゃん?」
「あ……」

取り乱してしまった。心配そうな顔を覗かせている。それに対して、何を言えば安心してくれるのか分からなくて、唇から出てきたのは言葉ではなくただの息だった。

「……あんな、飯来んのも心配やけど、それだけちゃうねん」

なんだか顔を合わせるのが気まずくなって、顔を伏せる。その所為で、私の頭へと運ばれる彼の手が見えなくて、いきなりぽんぽんと撫でられたそれに驚いて、声を上げた。

「ビビったん、ウケる」
「ウケないでよ……あと離して」
「せやなあ……京子ちゃんが自分のこと話してくれたら、離してやろかな」
「自分の事?」
「謙也さんも、忍足さんも、あと跡部さんも、みんな知っとるやろ。京子ちゃんのこと。俺だけ知らんのが腹立ってしゃあない」

笑いごとに出来るような話じゃなくて、誤魔化すような話でもなくて。いつもなら躱していたそれを、躱すことは間違いであるということに気が付いた。

「…………ごめん。話せない」
「ま、直ぐには難しいか」

財前くんの手はすぐに離れていった。それを追いかけようとしてしまって、私にはその資格が無いことに気づいた。

「今じゃなくても良えから、いつか話してくれたりするん?」
「分からない。多分、無理よ」
「わかった。ほな、おやすみ」
「……おやすみ」

ドアが閉まってからも、しばらくその場所から動けなかった。
さっきまであんなに眠かったのに、もう、眠れない。




---> Rute 財前