2日目 赤い線を引いた
「呆れました何やってるんですか忍足さん」
「俺かいな」
1人で大丈夫と言い放った私に無理やり付いてきた2人は、何故か言い合いを始めてしまった。こんな昼食は嫌だ。
朝、全員が集まったところで、
「神田の財布が盗難に遭った。幸い中身は無事だが、今回は偶然だ。以後貴重品の管理は各自で徹底するように」
と、跡部さんが言うのに合わせて、いくつかの視線が一斉に私を向くものだから、誤魔化しようがなくて吐きそうになった。
事情を察した日吉くんが、侑士に詰め寄り、後で話すと約束したせいで今に至る。3人でテーブルを囲み、侑士が1から10まで話し終えた所での、日吉くんの第一声は「呆れた」だった。しかも私ではなく侑士に。
「何で貴方が居ながら悪い方向になっているんですか」
「しゃあないやろ。俺かて反省しとるわ」
「反省で済むと思ってるんですか」
この無駄な言い争いはあと何分で終わるのだろう。答えの出ない問いを考えながら、白米を口に詰め込んだ。
「にしても跡部もあんな言い方せんでも良えやんなあ」
「まあ、それは否定しませんが」
終わらない、と思っていた問答は一瞬でぱったりと終わった。この2人は何故か、跡部さんへの評価はがっちりと一致するのだから、恐ろしい。
「藤崎はもう少し怒っていいぞ」
「どうして? 跡部さんはああいうのが仕事でしょ 」
「…………お前、本当にそういうところだぞ」
日吉くんはこれで黙る。侑士は黙らないけど、彼には最悪うるさいとだけ言えばいい。
跡部さんはああいう人だから、という話をかれこれ何十回としたのだけど、その度に2人は首を傾げるばかりだった。
「…………すまん、先に席外すわ」
侑士はそう言って、唐突に席を立った。辺りを見渡せば、不機嫌そうな向日さんがいて、食後のカフェオレを胃に流し込みながら1人で納得した。
「別に、あの人の事なんてほっとけばいいのに」
「向日さんのこと?」
「それ以外に誰がいるんだよ。大体、お前にちょっかい出してるのあの2人が殆どだろ」
「だから、宍戸さんと、向日さんは」
「そういう人でしょ、か?」
「うん」
短い返事をして、なくなったコーヒーをおかわりした。日吉くんは深いため息を吐いて頭を抱えている。
「侑士と向日さんの仲が悪くなるのは死活問題だからね。一緒にいてってお願いしてるの」
「お願い?」
「うん」
「…………なあ藤崎」
ティーカップを口につけたまま、目で返事をする。
「前から思ってたこと言っていいか」
「……どうぞ」
「なんで忍足さんのこと顎で使ってるんだ?」
「オトモダチなので」
「じゃあ俺は友達じゃないのか?」
「友達全員顎で使うなんて、どこの跡部さんよ」
「あの人友達いるのか?」
あまりに斜め上の回答で、思わず吹き出してしまう所だった。少しだけ噎せて、落ち着いて彼を見れば、そちらもそちらで笑っているものだから安心した。
「入学する前から仲良かったんだろ?」
「うん、入学する……数ヶ月前かな。会ったのは」
「何で出会ったんだ?」
その質問で、今度は私が頭を抱えてしまった。そういえばこんなこと、話したようで話していなかったと思う。それはとても大事なようで、どこにでも転がってそうな話で、口にしようとして、やめた。
「教えない」
「は?」
「侑士が可哀想だから」
至極真面目にそう言ったのに、日吉くんは今まで見たことのない顔の歪め方をした。一体どの辺りが難解だったのか、それとも面白かったのか、私には推量ることは出来なかった。
「いたっ」
唐突に、背中に何かが当たった。時間差で床に落ちたのは中身がこぼれ落ちたコップで、どうやらこれが当たったらしい。であれば、背中は水塗れになっていることだろう。
「悪い悪い、ぶつかっちまった」
謝る気もないようにそう言ったのは、立海の切原くんだった。挑発的な笑みでこちらを誘っている。釣られたのは、私ではなく、
「おい切原」
日吉くんだった。これは、少しまずい。席を立って日吉くんの近くに寄り、2人の間に自分の腕を出した。背中がちょうど空調に当たって、寒い。
「藤崎」
「…………」
無言で止めることしか出来なかった。
こんな争いは不要だ。テニスの練習をしている人が、テニスとは全く関係の無い所でストレスを抱える必要なんかないのに。
そもそも私に、そんな影響力ないのだから。
---> Rute 忍足