1日目 私は誰とも居たくない
下品だと思った。
誰が誰を好きとか、誰が誰と付き合ってるとか、明日の朝ごはんと比べるのも烏滸がましいくらい、興味が無かった。
だから溜息を零してしまったのである。彼の目の前で。それだけが私の失敗だった。
「どないしたん?」
「何でもありません」
彼はいつどこでも包帯を外さないらしい。それは今、夕食を食べている時もそうだった。
食事の席は特に決まっていないから、朝は学校のメンバーと座っていた人たちも、今はあまり関係なく疎らに座っていた。
人目を避けるように、誰も座っていない席へとつく。あとからやってきたのが白石先輩だった。
「悩み事か? 遠慮せんと言うてみ?」
「悩んでません」
「顔にしっかり書いてあるで」
一体なにが書いてあるというのだ。と、問いただすのは墓穴だった。白石先輩には隠し事はできないということを、私は知っている。彼には何か、弱い者を察知するセンサーのようなものが、ついている気がした。
無言を貫けば、話したくないことなのだ、と空気を読むところも有難い。淡々と食事を進めながら、会話がないことが寂しかったのか、口を開いたのは白石先輩だった。
「前の学校の子たちと、馬が合うてなかったんやな。先に言うてくれたらお断りしたったのに」
「知ってて呼んだのは跡部さんですから」
「せやけど、その辺は無理やり連れてきた俺らにも責任あるし」
じゃあ責任取って帰らせて、なんて言える図太い神経があれば良かった、と自分で自分を殴りたくなった。
これが多分、跡部さんとか、侑士なら言えたのだけど。白石先輩には、我儘なことは言えない。
「部長、京子ちゃんはそういうウザ絡み嫌いなんすよ」
頭の上にお盆を乗せられる。この頭を動かして、その上のものをひっくり返そうかと考えて、やめた。誰も得をしない。
許可を取ることなく、財前くんは私の向かいの席に座る。
「ウザくないやろ。なあ?」
「ええ、ソウデスネ」
どちらともつかない返事をすれば、財前くんと白石先輩が何やら、喧嘩とまではいかないが、言い合いを始めた。
京子ちゃんはこういうことが嫌いだ、そんなことない。本人の目の前で本人の性格を勝手に形作るのである。じゃあ京子ちゃんのいいところ多く言えた方が勝ち、なんてゲームを勝手に始めるものだから、恥ずかしくなって勢いよく席を立った。
「……ごちそうさまでした」
そう言って背中を向ければ、追ってくることは無かった。
食器を片付け、さて部屋へ戻ろうと、自室のドアが見えたところで、さっ、と後ずさりした。死角の壁に隠れて、声にならないため息を吐く。それから数十秒後に、ポケットの中で携帯が振動した。
「もしもし」
『何で隠れるんや』
「……伊達メガネのストーカーが私の部屋の前にいるからよ」
壁から顔を出し、私の部屋の丁度ドアの前。こちらを見てニコニコと笑みを浮かべる侑士の顔を思いっきり睨みつける。それでも動く素振りは全くなくて、仕方なく部屋の中へと引きずり込んだ。こういうのは早めに用件を済ませて帰ってもらうに限る。
「今日岳人と揉めとったやろ? 何の話してたんかなって」
「別に」
そっけなく返すが、彼はそのまま、私の言葉を待っていた。言うまで帰らない、という意思表示だ。
「…………財前くんと、付き合ってるのかだって」
それだけ言えば察してくれるだろう。なるほどなあ、と納得したように相槌をうち、その話はあっさりと終わった。と思ったのだけど。
「むしろ付き合うてへんの?」
「はぁ? ちょっと、怒った。一発殴っていい? 殴る」
「ちょ、顔だけは止めてや」
顔じゃなかったらいいのか。本当に殴るつもりは無かったが、大きく振りかぶれば顔を両腕でガードされる。顔じゃなかったら本当にいいのか。この人。
「嘘。殴らないから。訂正して」
「……すまんかった。」
謝罪し、両腕を外した侑士は、何故かベッドの上を見つめていた。視線を追うと、そこには、
「財布?」
「いつこんなファンシーなヤツに変えたんや」
いやいや、私のじゃないし。趣味悪い。と否定しようとして、1人部屋の、こんな良く見えるところに、なんで他人の財布があるのかと。
「貴重品はちゃんと仕舞わな」
侑士がそれを掴んで私へと差し出す。なんとなく答えは出ているのだが、なぜ、なぜと沢山の仮説がぐるぐると頭を回って、言葉を絞り出すのに時間がかかってしまった。
「侑士、それ、触っちゃダメ」
やっと言葉をひねり出したのと、自室のドアが遠慮なく開くのは同じだった。