1日目 優しい光を遮らないで
寝不足だった。
侑士を部屋へ追い返した後、ベッドに潜り込んだものの何度目を瞑っても眠れなかった。
目の下のクマを誤魔化す術はなく、笑われなければいいな、とどうでもいいことを考えながら朝食へと向かった。
歩いている最中、氷帝のジャージとすれ違う度に舌打ちをされる。
「おい、藤崎!」
「……………………」
奥の席で、大声で名前を呼ぶ跡部さんを無視した。それより近くで、財前くんが手招きをしていたからだ。理由はそれだけで、別にうざかったとか、面倒くさいなんて思っていない。断じて。
「ホンマ跡部さんと仲良しやな」
「仲良くない」
「彼女みたいやん」
「……冗談でも言わないでよ」
強めの口調で言えば、財前くんはその話題を止めた。
イジっていい嫌なのか、そうしてはいけない嫌なのか、彼はその境目が良く分かる人だから、付き合い易い。こうやって遠回しにしか表現出来ない自分は、少し嫌になるけど。
朝食を終え、一旦部屋に戻る。必要な荷物を持って再び部屋を出ると、部屋の前には沢山の荷物が積まれていた。
今日の練習で使う備品だ。ここまで持ってくる労力があるなら、最後まで持っていけばいいのに。
1度で運び終わる量ではなかったので、ひとまず大きめのバッグと、ボールの入ったカゴだけを持っていった。
「あ、っ」
第一陣を運び終わる……直前でコケた。きれいに。
ボールは散り散りになって、拾うのが大変そうだ。恥ずかしいという気持ちは、後ろから聞こえた笑い声で小さな溜息にすり変わった。何もないところではなく、足があるところで転んだらしい。
後ろを振り返らないように、転がったボールを拾う。拾おうとしたボールに伸びるもう一つの手が見えて顔を上げると、顔面を軽く小突かれた。
「いたっ」
「3点」
「何がよ」
財前くんは、普段は見せないような笑みを浮かべていて、何か企んでいそうなそれが、少しだけ怖かった。
「何も無いところでコケられても反応困るやん」
「ボケてないし」
「どっちかって言ったらツッコミやからなあ、」
「ボケでもツッコミでもない」
「あと荷物どのくらいあるん? 俺も行くからはよ終わらせようや」
面倒くさくなったのか、話題を無理やり切り替えられた。
こういうことも私の仕事であれば、手伝わせるのは気が引けたが、跡部さんからは何も言われていないしそうではないだろう。であれば手伝って貰っても文句はない、というのが建前で、腕が千切れそうなのでどうにかして欲しいが本音だった。
「なあ京子ちゃん、氷帝の奴らってレギュラー以外弱かったりするんか?」
「皆強い、と思うけど……どうして?」
「いやあ、あの程度の荷物も運べへんのやろ? 女子より体力ないとか終わっとる思うて」
心なし、いつもより声が大きい気がした。先程足を出してきた人のこわばった顔を見て、態と聞こえるように言ったのだと理解する。
彼はこんなに喧嘩を売りたがる人だったか、と不思議に思う。
「財前くん、」
「あんくらい言わな腹立つねん」
「……そう」
「京子ちゃんは腹立たんの?」
「別に」
「別にって」
「一々腹立ててたら、寿命が縮まるわ」
怒るなんてもう、随分前に辞めてしまった。
必要な荷物を運び終える。お礼を言えば、大したことは無いと言って練習へと入った。
ボールを打ち合う音が聞こえる。そういえば、もうしばらくの間テニスなんて見ていなかった。練習を見ていたい気持ちもあるが、そんなことの為に来た訳では無い。
やるべき事はやる。どんな状況でも変わらなかった。
「跡部さん、何かやることは?」
「そうだな……あそこのコート、ドリンクが無くなりそうだから作ってやれ」
「つくるって」
「粉から作れるだろ。コスパだコスパ」
「こすぱ……」
跡部さんの口からそんな言葉が出るなんて。あまりに驚きすぎて、明日雪が降ることを覚悟した。
というわけで、コスパ重視、お手製スポーツドリンクを両腕に抱えて戻った。
正直市販の方が、美味しいし失敗しないから良いと思う。特に貴方は貧乏じゃないんだから。という視線を送っても気付かぬフリをする跡部さんを素通りして、1番奥のコートへと向かう。
「げ。」
と、明らかに嫌そうな声を出したのは向日さんだった。その声を無視して背中を向ける。別のコートへ向かおうとして、肩を強く掴まれた。
「……何でしょうか」
「黙って帰んなよ」
むしゃくしゃとした口調だった。嫌いなら関わらなければいいのに、彼の行動は私には理解し難いものだった。
「なあ藤崎。今アイツと付き合ってんの?」
「誰とも付き合ってませんけど」
「嘘吐くなよ、今度は誰から寝取ったんだよ」
無関心が、一瞬で怒りに変わった。思わず振り上げようとした右手が、ボトルを抱えていなかったらそのまま殴っていたと思う。
私にとっては、たかがそんなことで、そんなことで嫌味を言える人達が、嫌いで、
「そういう下品な言い方、嫌いです」
「そーかよ」
それだけ言ってコートの方へ戻る向日さんは、楽しんでいるような笑みだった。