4.5 会話
『私、だけど……』
「京子ちゃん?」
『……たすけて』
自分の予想より1日早かった、と言っても許されるだろうか。
たすけて、とそれだけを言って、彼女は電話を切った。すぐに部屋へ向かい、ノックも忘れてドアを開けた。
「侑士……」
名前を呼ぶ声は、電話で聞くより震えていた。すぐに駆け寄ると手を伸ばされ、躊躇うことなくその手を握った。
「侑士たすけて」
「助けてだけじゃ分からんやろ」
「たすけて」
京子ちゃんはしきりに助けてと言うだけで、大変困った。……なんてことはない。いつもの事だ。5分くらい背中を摩ってやれば収まるだろう。
「……神田さんから電話があって」
「おん」
「殺してあげるって。」
「そらまた物騒やなあ」
やっぱり。落ち着けばすぐに口を開くのだ。
こうやって呼び出されるのも、助けて、と永遠に言われ続けるのも、とっくに慣れてしまっていた。
京子ちゃんは、こんなに弱いのに、強いフリをしていた。それは氷帝に入学してきた時、いや、それより前からそうだった。
しかし彼女も人間だ。強いフリが出来なくなった時、決まって俺に電話を掛けてきた。無理、助けて、と。俺と会う前は誰に頼っていたのかと聞きたくなるくらい、俺しか頼らなかった。
俺以外の人を頼らないのか、と、1度だけ訊いたことがあるが。
「侑士には沢山迷惑かけていいけど、他の人にはね」
というのが回答だった。迷惑でないという否定はしたかったが、これが彼女なりの「等価交換」だとすれば、それ以上何かを言うのは気が引けた。
「跡部さんのバカ」
「あとで一緒に殴りに行こか」
「もう帰りたい……」
「俺も帰りたいわ」
「侑士は残って」
跡部は何故、彼女をこの合宿に呼んだのだろうか。正式にはテニス部となんの関係もない生徒を呼ぶなど、普通であれば認められないし、こうなる気がしたから、俺は直前までずっと反対していた。
何度反対しても、俺様を信じろ、とずっと強気だった訳だが。正直に言えば迷惑この上ない。
跡部のことだから何か考えがあって、なんて、これっぽっちも思っていなかった。
跡部と京子ちゃんは、俺が2人を知る前から仲が良かった。そう言うと、2人で口を揃えて、ただの知り合いだとか、家の付き合いだとか言うところも面白かった。
だからあの時も、京子ちゃんを助けるのは跡部のはずだった。なのに、彼は、1番最初に彼女を突き放した。
名字で呼べとうるさかった京子ちゃんを、ずっと京子、京子と呼んでいたくせに、彼女がそれを求めた時に、藤崎、と距離を置くように言ったのを今でも覚えている。
跡部じゃ駄目だ。俺が守らなければいけない。と思った頃には、京子ちゃんはクラスの、学年の、学園の誰からも相手にされていなかった。
京子ちゃんが悪い訳ではない。けれども、京子ちゃんを嫌う人が悪い訳でもなくて。八方塞がりになって、1人ではどうしようもなくなった時、同じようにどうすればいいか分からないと悩み、泣きながら相談してきたのが日吉だった。
「………………し、侑士。」
「ん? 何や」
「いや、こっちが何やなんだけど」
どうやらずっと呼ばれていたようだ。つい考え事をしてしまった。不服そうな顔をする京子ちゃんに、京子ちゃんのことを考えていたと言えば、はあ?と面倒くさそうに吐いて、黙る。
「……私、さ。死にたくない」
知っている。それが今の彼女の目標であり、存在意義だった。
だから、命の危機となれば、俺は何があっても彼女を守らなければならなかった。
「俺らもおるし、あいつに人殺す度胸なんかあらへんよ」
「……そうだね」
力のない同意だった。
俺は、知っている。自分がしなければならないことを、知っている。あの時からずっと変わらない。
変わらないことを、今までずっと失敗してきた。だから今度こそ、彼女をちゃんと、…………
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