0日目 電話
集合場所にはほぼ全員が揃っており、私の後に来た跡部さんで最後だった。
氷帝のメンバー、特に準レギュラーなんかは私の姿を見るなり、マジかよ、と小声で話し始める。聞こえないフリをしてみんなと合流した。
「偉い人気者やないの〜」
「はぁ……」
それは氷帝の彼らに言っているのだろうか。どうせここまで来たら分かってしまうことだ。こっちは準備していた。予定通りだ、大丈夫。
すっ、と息を吸い込んだ。
「好かれてないんですよ。私」
傷ついてもないし、笑い事でもない。あくまで何でもないようなことと思われるように努めて言った。
前の学校で何があったかなんて、どうでもいい話で。別に隠そうとしていた訳では無いけど、いや、隠そうとしていたのだろうか。
私は、根も葉もない噂で貶められたと思っている。それは学校を変えた今でもそうだ。けれど、火のない所に煙は立たない。だから少しでも、そういうことを知られたくなかったのかもしれない。
隣に立っていた白石先輩が、突然ぽん、と私の頭を撫でた。
「俺たちは大好きやで?」
恥ずかしげもなくこんなことを言う人達に、暗い話なんて要らないと思ったのもある。
ぽろ、と。少しだけ泣きそうになってしまったのを堪えて、いつもの調子を装う。
「先輩に好かれても困ります」
「なんでや?!」
集合の合図が出され、この話は中断された。
散り散りになっていた3校のメンバーが1ヶ所に集まる最中、小春先輩が、私にだけ聞こえるように、
「女の嫉妬は怖くてあきまへんなあ」
「お、おんなって……」
眼鏡の奥の瞳が見えない。表情は笑っていたが、本当に笑っているのか、分からなかった。
どうやら全体的に仕切るのは跡部さんらしい。自分の家のようなものだし、そうなるのも仕方がない。練習メニュー等は部長たちでミーティングをして決めるそうだ。
食事は3食、一流シェフによるビュッフェと言われてほっとした。無いとは思うが、この人数分を作れなんて言われたら、今度こそ有無を言わせず帰るところだった。私が超がつくほど料理ができないのを知っているから、もしかしたら配慮してくれたのかもしれない。
ここまでされれば、雑務は全部そういう人たち……と言わずとも、現レギュラーでない人達にさせても良かったのではないだろうか。この合宿の目的もよく分からなかったし、やはり私がいる意味も分からない。
「雑務に関しては四天宝寺の藤崎と、」
「はい」
「ウチの神田でやる」
「よろしくお願いします!」
「練習以外で面倒なことがあれば、2人か俺に報告すること。以上」
そう紹介されれば、やらないわけにはいかないのだけど。
本格的な練習は明日からスタート、ということで、ひとまず全員、割り振られた部屋へと戻った。
神田、と呼ばれた女の子は高い位置で括った茶髪を靡かせた。
バレないように視線で追う。彼女は何故か氷帝ではなく、黄色いジャージの集団へ溶け込んでいった。立海だ。
私が凝視しているのに気づいたのか、銀髪の、仁王雅治はこちらへ向かって小さくピースをした。軽く手を振り返すと、隣にいた柳生さんが、彼を小突いた。何か真面目な話でもしていたのかもしれない。
あの2人とは少し面識があったので、後で挨拶くらいはしなきゃと考える。いや、でも、今はどちらかといえば関わりたくない。
「あの子がどうかしたん?」
「え? あ、なんでもないよ?」
突然話しかけられ、適当に誤魔化す。声の主、財前くんはふーんと言ったきりまた黙ってしまった。
長考タイムを与えれば、勘繰られてしまうかもしれない。話題を与えなきゃ。
「財前くん、さっきの、ちゃんと謝ってた方が良いよ。一応あっちの方が年上だし……」
「俺悪いことしてへんけど」
「向日先輩は、身長は結構気にしてるから」
「なんで先輩」
「むかひさんは、身長は」
「言い直さんでええけど」
「…………」
ダメだ。完全に話しかけてはいけないモードに入ってしまった。ふぅ、と聞こえないように溜息を吐いて、それから会話をすることは無かった。
各自部屋に入ったのを確認して、自分の部屋へと向かう。
てっきり神田さんと同じ部屋かと思ったが、粋な計らいで一人部屋にされていた。ここまでするくらいなら私を連れてきた理由がと、今日何回目か分からない疑問を心の中でぶつける。
明日からやっていけるだろうか。
その事だけが頭をぐるぐるして、考えないようにと、『俺たちは大好き』という、白石先輩の言葉を何回も頭でなぞった。
好きなのか。
好かれているんだ。
「大好き……かあ」
好かれたいわけじゃなかった。
嫌われたいわけでもなかった。
大好きが、大嫌いに変わる瞬間が嫌だった。
食事をとる気にもなれず、自室でシャワーを済ませた。ユニットバスというやつだ。きっとほかの部屋にもついているだろう。
大浴場もあるけど、行かない。面倒だし。
長めのシャワーを済ませ髪を乾かしていると、携帯が鳴っているのに気づいた。
なんでか慌ててしまい、名前を見ずに出てしまった自分を後悔した。
『ごきげんよう、藤崎さん』
「……神田さん?」
『ええそうよ』
「用件は?」
『そうね。単刀直入に言うと、死人が何やってるのかしらって感じなのだけど。あなたどうしてここにいるの?』
そんなの私がききたい。
『……まあいいわ。今度こそちゃんと死なせてあげるから、待っててね』
「……………………」
私が何も言わない間に、彼女は一方的に電話を切った。
電話はもう繋がっていないのに、耳にあてたまま動けなかった。
どのくらいそうしていただろうか。力が入らなくなったのか、自分の携帯が落ちる音で我に返った。
こんなんじゃダメだ。覚悟してきたのに。
携帯を拾うと、不在着信の通知がいくつも来ていた。白石先輩からだ。夕食に来ないのを心配したのだろうか。
折り返そうとして、やめた。履歴から遡り、ある人の名前を探す。手が震えて上手くいかない。
やっと見つけたそれを、何も考えられないままに押した。
「…………私、だけど」
--->Rute 忍足