2.5 あなたのことを半分も知らない

彼女はいつも気だるそうで眠そうで、けれど眠れない人だった。
それに気づいたのはある日、見た人全員が吃驚するくらいの隈をつくっては、

「シリーズの映画を見ていたら完徹しちゃった」

と、力なく言われた時で。まあ、本人に言われた訳ではないから、推測の域を出ていないのだけど。
なるほどと納得すれば良かったものを、ホンマに大丈夫かいな、なんてお節介を焼いてしまったせいで、彼女は良く寝たフリをするようになった。

休み時間、机に突っ伏していても、寝ていないのを知っている。
新幹線では、目を瞑っただけなのも知っている。
そして今バスの中でも、寝たフリをして……

「……寝とるな」
「寝てはりますな」

心配で振り返った俺と小春先輩で、同じタイミングで言ってしまった。
隣の跡部さんに完全に体を預ける形になってしまっているのが心苦しいが、休める時間が出来たのなら良いだろう。
こっそり写真を撮ろうとしたが、勝ち誇ったような笑みを浮かべる跡部さんまで入ってしまい、止めた。

「寝てるな」

遅れてそう言ったのは、通路を挟んで隣に座った日吉だった。
そういえば、京子ちゃんと日吉は何を話していたのだろう。
2人はカフェへ入り、ぴったり30分で戻ってきた。その後は予定通り……のはずだったが、あまり遠くへ行くのが面倒になってしまい、適当に駅で時間を潰した。その時にさりげなく聞いてみたが、上手くはぐらかされてしまった。

「日吉。さっき京子ちゃんと何話してたん?」

跡部さんに聞こえないように訊ねる。

「別に。普通の話だが?」
「普通って何やねん」
「普通は普通だ」

それ以上言うつもりはないらしい。どちらからも聞けないとなると、本当に何だったのかわからない。無性に苛立ってしまうのを抑える為に、鞄からウォークマンを引っ張り出した。

「あ。」

日吉がそう言うのと、イヤホンを耳にかけるのはほぼ同時で、曲を流していたら聞き逃しただろう。

「なんやの」
「藤崎はテニス部なのか? マネージャー?」
「いや全く。運動部まだ入ってへんし」
「じゃあなんで」

無言で跡部さんを指差せば、それだけで納得したようだった。
こんなことでもイライラしてしまう。跡部さんは京子ちゃんに構いたがるが、俺から見れば2人がどんな関係かは全く分からない。けどこれは、日吉にはすぐに理解出来ることで。

「じゃあ、友達か?」
「せやな。同じクラスやから、俺が1番仲良しとちゃうかな」
「ふーん、で、そっちではどんな感じなんだ?」
「別に。普通やけど。」
「普通って何だ」
「せやから普通」

険しい顔に変わっていくのが面白くて、つい仕返ししてしまった。これでおあいこだ。
互いに情報を引き出すのは無理だと判断したのか、会話が途切れると同時に、イヤホンで外野をシャットアウトした。


その転校生は、ひどくおとなしい子だった。
こんなに話すようになるとも、こんなに惹かれてしまうとも思わなかった。彼女の魅力は底なしだったし、縁の大きい眼鏡の奥に見え隠れする闇と比喩すべき部分も底なしだった。
氷帝から転校してきたのは謙也さんに教えて貰った。休みの日は部長と映画館に行ったらしい。
俺は何も知らないし、何もしていなかった。ただ同じクラスにいて、話して、それで京子ちゃんを笑わせることが出来るなら、それが自分の役目だと思った。

俺は、何も知らない。
それが酷く劣等感になっていた。


どうやら目的地に着いたようだ。皆が降りていく中、1番後ろの2人が降りる気配がない。
死角になるよう腰を落とすと、俺が残っているのに気づいた千歳先輩と目が合った。

「降りんと?」
「……ちょい黙っといて下さい。あ、先行って大丈夫っすよ」

千歳先輩は不思議という顔をしながらも、何も言わずに降りていった。

ああ、なんでやろ。
何度も思い出すのは、彼女と初めて会話した日のことだった。





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