財前光の夢小説
なんや、なんや一応って。そう言おうとした口を縫い付けられたことに対して、自分を褒めた。家に帰ればどっと疲れて、何も考えたくなくなった。柄にもなくヘビメタルを大音量で聴き、それでも頭にひっついた、ごめん、のひとことを消すために、ベッドから体を引き剥がした。整頓された勉強机に座って、この前買ったばかりのノートを開く。
ろくがつじゅうはちにち。晴れ。
憧れだった先輩と付き合うことになった。
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6月22日、金曜日。晴れ。
先輩はいつも、彼氏と一緒に帰るらしい。
一昨日はファミレス、昨日は古本屋。先輩には読書の趣味なんてないから、男の趣味であることは一目瞭然だった。
今日はカラオケ。密室なんて酷いものだ。出てきたのは2時間後で、先輩は男と、先輩の家とは逆方向へ歩き出した。
家に上げようとしている男を見て吐き気がした。心の中で3回殺した。
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6月22日、土曜日。晴れ。
部活終わりに新作の映画を見に行った。そこで先輩に会ったのは偶然で、声をかけなかったのは必然だった。あの男と一緒だったからだ。
可哀想に。一応好きな男と、あまり好きでもないラブロマンスを見たのだと思うと胸が苦しい。俺と一緒の方が楽しめただろうに。殺意よりも同情の方が上回った。
食べきれなかったのか、腕にかかえたままのポップコーンはキャラメル味だった。
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6月27日、水曜日。雨。
こんな梅雨の時期に、折りたたみ傘も忘れたらしい。
空を眺めて戸惑っている先輩は、あの男が持っていた傘を見て、目をキラキラとさせていた。
貸そうと思って鞄から出した黒い折りたたみ傘は、いらないものになってしまった。
傘を両手に持つなんて不思議な感覚だ。梅雨なんだから、気をつけてくださいね。先輩の上靴の隣に、自分の折りたたみ傘を置いた。
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7月1日、日曜日。晴れ。
昨日の雨が嘘のように晴天だった。晴れだ。晴れ中の晴れ。つまり何って、暑すぎた。
だからアイスを買いに来たのに、お気に入りのアレがなくてイライラする。ちくしょう。適当に安いアイスを買って、外で食べてしまった。
家に戻る途中、偶然先輩とすれ違った。
Tシャツに学校のジャージを合わせて、部活帰りのようだ。隣には同じような着こなしの男がいて、だから、声をかけようとして、やめた。幸い気づかれていないようで、先輩の背中へとスマホを向ける。カシャ、とシャッターを切る音は、蝉の声にかき消された。
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7月5日、木曜日。雨。
1年に1回しか会えなくても、愛し合っているなら良いと思う。何度会っても、先輩は俺のことを愛してなんてくれない。こんなに好きなのに、どうして、誰も、分かってくれない。
先輩と遊ぶ時間が増えますように。予備の短冊にふざけて書いたそれは、我ながら達筆だった。捨てるのが勿体なくなって、せっかくなので、先輩のクラスまでお届けしたった。
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「先輩、どないしたんですか」
7月7日、土曜日。いわゆる七夕。先輩は腕時計を眺めて、ショッピングモールの広場に立っていた。場違いな短冊コーナーには、カップルが書いたと思わしき、それはもう見せびらかすようなお願いがたくさんで。俺も、こんなふうにしたら、分かってくれるのだろうか。
「待ち合わせしてるの」
「彼氏と?」
「……うん」
先輩は笑ったけれど、優しい瞳の奥では、俺のことを敵のように見つめていた。俺が一体、何をしたというのだ。怯えさせることなんて何一つしていない。だって、俺は、先輩が好きだから。
「待たせる男なんて、最低やわ」
「……そんなこと言わないで」
温厚な先輩が、今にも怒りそうだった。ああ多分、一応好きじゃなくて、大好きじゃないか。
「代わりに俺が連れていきますよ。どこ行きます? 好きなもん買うたりますし」
腕を掴めば、先輩の表情は泣きそうに崩れて、困惑する。先輩が嫌なことなんて何一つしていないというのに。何が、どうやって、ダメだったんだ。
5分遅れてやってきた男に、思いっきり殴られた。攻撃的。暴力的。こんな人の、どこが良いというのだろう。
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7月11日、水曜日。特に何もなし。満員電車に乗れば、先輩がお年寄りに席を譲っているところだった。駅で人が降りる波に乗って、先輩の隣へと行けば、気づいた先輩は顔を強ばらせた。
「徒歩じゃなかったっけ」
「気まぐれっすよ」
上手く笑った筈なのに、相変わらず怯えていた。笑ってほしいのに笑ってくれない。けれどなんだか、もっと怯えて欲しいと思った。
「この前先輩の彼氏? に殴られたとこ、痛いんスよね」
怯えた顔は、少しだけ青ざめた。ごめん、と呟く様が可愛らしい。可愛い。家宝にできる。
思わず手首を掴めば、多分また、別の意味で青ざめた。
「どのくらい痛かったか分かります? 教えたりましょうか」
出来るだけ優しく言ったつもりだったのだけど、ついに先輩は少しだけ、泣いた。次の駅に到着して、ドアが開く。先輩は俺の腕を振り切って、急いでホームへと駆け出した。
落ちたら危ないじゃないですか。あとここ、最寄り駅じゃないのに。
笑った顔が1番だけど、泣いた顔も可愛いことに気づいてしまった。
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7月18日、水曜日。思いつきの日記を書き始めて1ヶ月が経った。世間一般的に、これは夢小説と言われるものだ。逃避だとか妄想だとか、だけどそれは、俺にとっては逃避ではなかったし、妄想なんかじゃなかった。有り得たはずの未来を書き記して何が悪い。
先輩と男は並んで校門を出た。昼休み、水族館のチケットを握って笑っていた先輩の顔を思い出して、表情を歪ませることしか出来なかった。
なんだか自分が馬鹿みたいだ。突然訪れた、どうしようもない感情に耐えられなくなって、初めて、部活をサボった。1時間少し電車に揺られて、やってきたのは海だった。
砂浜に腰を下ろして、ただただ波の音をきく。隣から、先輩の声が聞こえるようで、そう考えれば、空虚になっていた心は満たされた。
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先輩。今日なんの日か知ってます?
正解。俺の誕生日です。
ちゅーわけで、何かください。
頭でシュミレーションしたセリフを本人に伝える前に、どこからかやってきた男に殴られた。
もう近づくなと言われてしまえば、訳が分からなくて首を傾げるしかない。どうして。俺は先輩のこと、こんなに大好きなのに。どうして話すことも、赤の他人に決められなきゃいけないのだ。
プレゼントは貰い損ねてしまったが、男が俺を殴った時の、先輩の顔は堪らなかった。だからそれをプレゼントだと思うことにして、けどそれが間違いだった。
上靴から外靴へと履き変えようとして、それに気づいた。そこには真っ黒い折り畳み傘が入っていた。
これはあげたものだから、先輩の私物だというのに。つまり、これは、遠回しにプレゼントなのではないだろうか。ああしまった、興奮が冷めない。キャパシティのオーバーというやつだ。面と向かって、渡してくれても良いのに、とんだ恥ずかしがり屋だ。
先輩、ほんまに、大好きですよ。