パチパチパチ…



すっかり太陽が沈みきり、日の当らない暗闇の中で誰かが手を叩いている。


パチパチ…


叩く度に乾いた音がビルに反響する。
夜になれば誰も立ち入らないような裏路地―

「いやー、やっぱりすごいね君は」

「尊敬しちゃうな」と微塵も思っていない言葉を吐きながら、拍手をしていた張本人―折原臨也はビルの隙間から出てきた。

臨也の目線の先―倒れている人間の中心に立っている少女は"不愉快だ"と言わんばかりの表情で臨也を見ている。

「相変わらず強いんだねぇ」

少女に多少の血は付いているもののそれは少女から出ているものではない。
全て、付着した物である。
その異様な光景に、やれやれと肩を竦めて少女に近づく。

「俺が助ける暇も無かったよ」
「"助ける暇"…?」

眉間に大きな皺を寄せながら臨也を睨みつける。
大抵の人間なら怯えて逃げるのだが、臨也の場合恐がるどころか寧ろその反対でこの状況を楽しんでいる。

「そんなに皺寄せちゃってー、女の子なんだからそんな顔しないの」
「誰のせ―「それにさ、」

先程まで浮かべていた笑顔が一瞬で消える。

「君のお兄ちゃんを連想しちゃうからやめてくんない?」
「ハッ、お前がそれで不快になるなら嬉しい限りだよ」

若干殺気が混じっている臨也の言葉にも動じず、余裕の笑みを浮かばせながら言葉を返す。
"恐怖"をなんとも思っていないような挑発的な瞳。

が、すぐに表情を戻した。

「お前が仕向けたんだろ」

―こいつらを

最早疑問系ではない。
未だに気絶している男達を見る。数は20人弱、彼女より4・5歳年上だろうか。

「あれれ、バレちゃった?」
「"バレちゃった?"じゃない。お前の仕業なんてすぐ分かる」

呆れと苛立ちを隠せず頭を掻く。そして大きな溜め息が漏れた。

「こういうのは本人にしてくれ。俺に仕向けるな、迷惑だ」

そう、これは自分に対してではない。
"本人"―それはこの少女の兄の事であり、そして、"池袋で敵に回してはいけない人間"の1人―平和島静雄の事である。

学生の頃、色々な因縁―説明すると長くなるのでここでは省略させてもらう―で静雄と臨也はかなり仲が悪い。
"喧嘩するほど仲がいい""雨降って地固まる"という諺があるが、全く正反対で殺し合いをするほど仲が悪く、雨が降れば固まるどころか土砂崩れが起こる―それほど仲が悪いのだ。

静雄の妹である彼女はしょっちゅう今のような嫌がらせに遭う。
もっとも、静雄と同じく並外れた"力"を手に入れた為―その経緯についての説明も省略させてもらう―すぐに終わってしまうのだが…

「あんた達の因縁に、俺は関係ないだろ?」
「だって俺静ちゃんに会いたくないし。それに静ちゃんより君のほうに会いたいしね」
「…気持ち悪いこと言うな。」

無表情のまま、ばっさりと斬り捨てた。

「えー、本心なのに」
「反吐が出る…」
「…まぁ、いいや」

どうでも良くなったのか話を切り上げる。そして、まだピクリとも動かない男達を見渡しながら語りかける。

「それにしても、静ちゃん並みに馬鹿力だよねー」
「……」

嘲笑うかのように。

「平和島一家ってすごー…」

刹那、鈍い音がはしる。
臨也の顔のすぐ横には、標識が壁に刺さっていた。
それを投げたのは他でもない―彼女だ。

「…異常なのは俺と静兄だけだ」

目の下に影を落とし、不機嫌な顔で臨也を見る。
それとは裏腹に臨也は愉快そうに笑みを浮かべながら話を続ける。それはまるで彼女を怒らせようとしている風だった。

「本当、その力って"怪物"だよね」

一瞬だけ眉を顰めたが彼女は口を閉じ無表情になる。
もしこれが静雄だったらすぐにキレて臨也に殴りかかりに行っただろう。

「…言っとくけど」

暫くして口を開く。真っ直ぐに臨也を見据えながら。

「俺は静兄みたいに挑発には乗らない。」

もう俺に構うな―そう言って暗闇の中へ融けるように去っていく。
そんな彼女の姿を見て、臨也は満面の笑みを零すのだった。

「だから人間は愛しいんだ―ねぇ、名前」


君だけが俺の思い通りにならない。
だからこそ面白いんだ。

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