バレンタイン
バレンタインはいつも市販品で済ませてた。それは私がとてつもなく料理が下手くそだから。でも今年は頑張ろうと思った。それでも私が作れたのはチョコを溶かして固めるだけのただのチョコ。友達が作るようなトリュフやブラウニー、タルトなんて凝ったものじゃなくただのチョコ。大きなハート型のシリコンカップを買ってきて溶かしたチョコを流し込んだだけ。簡単に言えば板チョコのまま。でも、どうしても手作りで渡したかったから作った。可愛らしいラッピングもできなかったけどちゃんと包装した。
今年はチョコを渡すって決めたから。
「はよー」
「おはよー。ね、チョコ作ってきた?」
「作ったよー。トリュフ!今年は好きな人に渡すんだ。ほら見て、このラッピング可愛くない?」
女子達が教室の隅でチョコを見せ合いながら騒いでいた。そんな女子生徒を横目で見ながらため息をついた彼女。
あの子のチョコのラッピング可愛い…。きっと中のチョコも美味しいんだろうな。それに比べて…
なんて事を考えてしまう。
それでも渡そうって決めたのだから何も考えることない。チョコなんてただの告白用品にすぎない。要は気持ちの問題なんだから大丈夫。
そう信じて彼女は昼休憩を待った。
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キーンコーンカーンコーン…
チャイムがなって昼休憩になった。彼女は決意してチョコを手に持って教室を出た。緊張する。心臓がバクバクと音を鳴らす。9組の教室から出た彼女は1組の教室に向かった。今日にかぎって廊下が長く感じる。あぁ…教室遠いな。なんて思っているとすぐに1組についてしまった。
そっと1組の教室を覗いて彼を探した。
…いない。
どこかでお弁当を食べてるのかなと思い、野球部全員のクラスに足を運んだ。
3組…、7組…、9組…、
…彼の姿は見えなかった。刻々と昼休憩の時間が過ぎていく。次第に彼女の歩くスピードが速くなってった。
どこ…?なんでいないの?今日休み?うそ?
そんな事思いながら彼女は廊下を走った。自分の教室の角を曲がろうとしたその時だった。
ドンッ!!
「わっ!」
「きゃっ!!」
急に角を曲がったせいで誰かにぶつかってしまった。尻餅つきながら彼女が上を見上げるとごめんっ!と謝っている彼の姿が見えた。
「栄口くん…」
「ごめん、大丈夫?!」
「え?あっ…う、うん」
急に現れた彼に心の準備が出来てない彼女は少し戸惑いながら、彼の差し出した手を握って立ち上がった。
しかし何かおかしい事に気がついた。
「…ご、ごめん!!」
「え?あ、こっちこそごめんね。走ってたから…」
「そうじゃなくて…」
そう言って彼は何かを拾った。
私のチョコ。中身は割れているであろうと思うほど箱はグシャッと潰れていた。
「あ…」
「本当にごめん!…どうしよう、これ手作りだった…よね…?」
焦っている彼の手には私のチョコとは別で綺麗にラッピングされているチョコを持っていた。そのラッピングには見覚えがある。朝クラスの女子が告白するって言って持っていたチョコレート。中身は手作りのトリュフ。
「…あ…大丈夫だから。ごめんねぶつかったりして…」
「苗字…でも…」
「本当に大丈夫だから。これいらないものだから…」
そう言って彼女は彼から自分のチョコを受け取るとどこかに走って行った。
彼女のその表情は大丈夫とは言えないものだった。
「栄口くん?」
名前を呼ばれて振り向くと篠岡が立っていた。
「ん?何?」
「さっき名前ちゃんが探してたよ」
「え?苗字が?」
「手にチョコ持ってたからチョコ渡したいんじゃないかな?」
「だって、さっき…」
「…?」
「…!ごめん!篠岡、コレ阿部に渡しといて!!」
そう言うと彼は手にもっていたチョコを篠岡に渡して彼女の後を追うように走って行った。
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焼却炉の目の前に彼女はいた。今にもチョコを捨てようとしていた。
「苗字!!」
「…!…栄口くん…、」
「はぁ…、」
走ってきたのか彼は息を切らしながら彼女に近づいた。
「それ…、捨て…ちゃうの?」
「え?…あ…えっと…」
「よかったら、それ頂戴?」
「…でもこれ…割れてると思うし、美味しくないよ…」
「いいよそれでも。俺が苗字のチョコ食べたいだけだから」
そう言って彼女からチョコを受け取った彼。それでもまだ彼女は泣きそうな顔をしていた。
「…これ、今食べていい?」
「え?!…でも、」
渋る彼女を無視して彼は包装紙を開けて箱を取り出した。箱を開けると中にはハート型のチョコが割れていた。彼は割れたチョコのかけらを一口食べた。
「うん、美味しいよ!」
そう言って彼が笑うと彼女は泣き出した。
「ご、ごめん。…なんかした?」
「違うの…。それ栄口くんに作ってきたチョコで…本当は自信無かったの。私、他の子みたいに料理とか上手じゃないから…その…」
「……知ってる。俺の為にありがとうな」
「でも…栄口くん、もう他の子から本命チョコ貰ってたよね…」
「え?貰ってないよ?」
「…え?だって手に持ってたよね…、」
「あぁアレ、知らない女子から阿部に渡してほしいって頼まれてたやつ。だからチョコは苗字のしか貰ってないよ」
「…それって…」
「…言葉、足りないかな…?//」
そう言って彼は彼女の耳元で囁いた。
不器用で優しいバレンタイン
《俺も…、苗字が好きだよ//》