73

 随分と標高の高い所まで来たが、それでもやはり快適な気温を保っている。草花は生き生きと芽吹き、野生の動物の声が響いている。そんな自然豊かな場所に、大人の身長を超える高さがある木製の柵が立ち並んでいる。扉らしき物も設置してあり、その先がカルーヌの村である事が判った。
 一行がその中へ一歩踏み入れれば、周囲の視線は一斉に彼らに集中し、あっという間にエルスらは十数人の村人に囲まれてしまった。決して、取り押さえようとかそんな意図は無いだろう、その者たちは輝きに満ちた瞳で関心を向けてきている。だが、急に押し寄せてきた人々に圧倒されてしまうのも事実だ。
 その時、身動きの取れないエルスたちから人々を退けたのは、村の奥から歩いてきた男性の一声だった。

「皆の者。御使い様がお困りであろう」

 男性は隣に女性を連れていた。村人が道を開けるように二手に分かれ、二人はエルスらと対面した。

「ご無礼を詫びさせて下さい。申し遅れましたが、私はこのカルーヌの長を務めておりますニクスです」
「私はその妻、サジャと申します」

 ニクスとサジャは地に片膝をつけ、両の拳を胸の前で合わせ、一礼した。それがアストラでは初対面の人物に使われる挨拶のようだ。エルスは同じようにするべきか、とあたふたしたが、夫婦は笑って立ち上がり、そのままで良いように言った。

「アストラの地へ、ようこそおいで下さいました。我々は御使いターニャ様と、お連れ様を歓迎致します。まずはごゆっくりお休み下さい。サジャ、案内をして差し上げろ」

 サジャは頷いて、宿への道まで彼女が先行してくれる事になった。

 道中、エルスは故郷とはまったく雰囲気の異なるアストラを堪能するかのように、あちこちを見渡していた。地上は石畳などが敷かれておらず草地のままで、人が歩いたところが道となっている。製材されていない樹木の幹が、そのまま組み上げられて建てられた家屋。所々に佇んでいる、柱状の木の彫刻。目を奪われるものばかりだったが、一番にエルスの興味を引いたのは人々だった。
 カルーヌの人間は皆、褐色の肌に黒曜の髪を持っている。エルスは王都で騎士ロアールを初めて見た時、彼の黒色の髪は珍しいと思っていたのだが、此処の者の目には、自分たちの方が類い稀なものに映るのかもしれない。

「みんな、僕たちを不思議に思ってるのかな」
「それだけではありません。私たちは御使い様に期待を向けているのです」

 エルスの呟きに、サジャが答えた。すると、

「あの……先程から気になっていたのですが、御使いとは私の事なのでしょうか」

 おそらく自身に対してのものであろう、聞き慣れない単語を聞き流していたターニャだったが、ここでようやく疑問を呈した。

「それに、まるで私達が此処へ訪れるのを事前に判っていたかのようですよね。私、まだ名乗ってもいなかったのに」

 そう、ニクスは初めて顔を見せたターニャの名前を、その場で言い当てたのだった。

「ああ、それは……驚かせてしまって申し訳ありません。ここカルーヌには、予言の出来る者がいるんです」

 予言。サジャの回答を耳にして不快になったのはファンネルだ。獣の姿でなければ、あからさまに態度で示してしまっていただろう。そもそも、ガーディアンの行動が他の者によって多くの人間に知れ渡っている事態が、あるまじき事なのだ。

「では、私が何故ここへ訪れたかも、皆さんご存知だという事ですね」
「……ええ」

 御使いへの返答に、今まで笑顔を崩さなかったサジャの表情が曇った。

「あー! サジャずるーい! 御使い様と楽しそうに話してるー!」

 案内を忘れ、いつの間にか立ち止まってしまっていたサジャの元に、駆け寄ってくる者がいた。

[ 74/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -