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 祝いの場にそぐわない響きで、肩で息をする騎士の口から突然の報告が入った。シェルグが初めて襲撃の事実を知らされたのは、不遇にも彼とフィオナーサの婚礼式の最中だったのだ。
 参列者は皆、式を中断せざるを得ない状況に心を痛めた。そして怯えながら、即位したばかりの王に助けを求めた。
 しかし当のシェルグは、

「奇しくもこの機会を見計らったような事態だ」

 と、笑みを浮かべながら、その場に居合わせた者が耳を疑うような言葉を零した。
 彼に忠実である騎士ロアールは、シェルグが手持ち無沙汰な利き腕を頭上に掲げて合図をすれば、すぐに彼の元へと長剣を手渡す。武器を受け取ったシェルグが駆ければ、問い掛ける事はおろか彼の意思を確認する事もせず、ただ彼の後について行く。そして、「お前らもだ」と短い言葉で、部下に指示を下すのだ。
 残されたフィオナーサは、つい先程その薬指に嵌められた白金の輝きを見つめながら、訪れる未来が明るいものであるようにと、声に出さずに願った。そして彼女も、その場を後にしたのだった。

* * *

 シェルグが騎士らと共に駆け付けた時には、魔獣の姿は一切見当たらなかった。だが、負傷した住人のうち重症である者も少なくはなく、その傷跡は確かに人間の持てる武器で受けたものではないように見えた。
 事態に遭遇した者の話では、ほんの一瞬の出来事だったらしい。大熊に似たもの、頭部が二つある鳥のようなもの、人間の赤児ほどの大きさがある虫のようなもの、様々な種類の魔獣がいたる所から次々と現れて、建物を破壊し、人々を襲った。騒動が収束に近付いたのもまた一瞬の事だった。突然、魔獣がそれぞれ不思議な光に包まれたかと思うと、次の瞬間には一斉にその姿が消えていたと言うのだ。これを目撃したと言う人間が十数人もいるのだから、でまかせでも幻でもないだろう。

 実情を把握し武器を納めたシェルグに、人々の視線が集まる。どんなに最悪な状況に置かれたとしても、重くのしかかる不安を民から振り払ってくれる。それこそが国王の言葉だと信じているからだ。

「安心しろ。我が妻フィオナーサは、母国フリージアでは名医として名を馳せていた。建造物の損壊は彼女ではどうにもならんが、命さえ守られていればどんな傷をも完治させる」

 シェルグはそう告げた後、フィオナーサを怪我人の元へ連れて来るようにと騎士へ指示した。そして間を置かずに、

「次の襲撃に備えるべきだ。復旧作業にあたる者、監視をする者、魔獣に立ち向かう者、現段階では人手が圧倒的に不足している。王都内護衛の騎士を増員する為には−−リオ前国王の捜索を打ち切り、未だ何一つ情報すら手にしてこない無能な者共を、全員呼び戻す」

 と続けた。
 これには表情を曇らせる者も多かった。中には反対を訴える者もいた。
 しかしシェルグは、決断を覆すつもりは無い。それこそが彼が長い間蓄積させてきた思いだからだ。

「お前たちはリオに理想を抱き過ぎだ。不在の王に国が守れるものか。今は私が王だ。私に従え」

 現状をリオ前国王が打開してくれない以上、民はシェルグの意向に、従うしかない。ベルダートの人間は、上に従って敬う事しか知らない。
 リオがまだ何処かで生きていると強く信じたシャルアーネは、もう居ない。王城の外さえ、自らの真実さえも知らない、目障りな甥は、もう居ない。シェルグの歩みを引き止める人間は、ベルダートには存在しないのだ。


_Act 7 end_

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