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 しかしその思考は、ふと途切れてしまった。
 突如、鳥の自由は奪われたかのように見えた。強い風に吹き飛ばされたか、もしくは見えない壁に行く手を阻まれたか、鳥は均衡を崩し、思わぬ方向転換をせざるを得なくなっていた。左右に大きく揺れる身体を支えるのに精一杯で、遂には自ら咥えていた物を放してしまった。
「わぁっ」と、その場に居る者の声が重なった。しかし彼らの悪い想像とは裏腹に、それは丁度その下に立っていたターニャの手の平の上に落とされた。
 素知らぬ顔で、ターニャはエルスへとそれを差し出す。銀色で逆十字型の耳飾り。間違いなくエルスの失くし物だった。
 偶然に訪れた幸運に周囲は歓喜の声をあげていたが、エルスには判った。鳥が何かに阻まれたかのように見えたその瞬間、ターニャの足元で光の円陣が浮かび上がっていたのを見逃さなかった。決して偶然などではなく、彼女の詠唱によるものだったと。
 受け取った物は、エルスが知っているよりも重く感じた。

「...…ごめん」

 エルスの、咄嗟に出た言葉だった。本来なら礼を述べるべきところだと後から気付いた。それでもターニャは彼に向ける笑顔を崩さず、首を横に振った。

「何かを探すには、前の見えない暗闇の中を歩かなければなりません。それは長い道程かもしれませんし、枝分かれしているかもしれません。また、これからもその機会は訪れるでしょう。エルスさん、私はそんな貴方に道を示していきたい。もし貴方がそれを拒否しようと、私は手助けをしたい......それが、本当の意味で、貴方を護るという事だと思ったんです」

 つい先程まで一緒になって探しものを手伝っていた乗客達も、安堵した為か自分達の事は棚に上げ、ターニャの言い分はあまりに大袈裟だろう、と笑った。
 和やかな船上で、たった数人だけが、その言葉から彼女の覚悟を垣間見たのだ。

 徐々に近付く入港の合図として、汽笛が鳴らされた。アストラの大陸から流れた暖かい風が、エルスの頬を撫でた。

* * *

 破壊された外壁、崩れ落ちる家屋、響き渡る悲鳴。逃げ惑う人々は、何処が此処以上に安全であるかは知らなかった為に右往左往した。備えるべきであるはずの騎士団員でさえ、混乱を未だ鎮められずにいる。実のところ、こんな平穏な場所に自分達のような人間が必要なのか、と日頃から疑っていた者も少なくはなかった。
 平和に慣れていた者たちの思い過ごしだった。危険な森が近くにあるにはあったが、とにかく王都の中にさえ居れば安全だと信じきっていた。
 王都ベルダートは魔獣の襲撃に遭っていたのだ。忌まわしき存在だと幼い頃から植えつけられてはいたが、そいつらが突如として大量に発生する−−何も無い所からいつの間にか現れ、文字通り発生したかのようだった−−とは、誰も思いもしなかったであろう。

 その人々の間を縫い歩く少女が居た。ユリエ教が崩壊した事で、初めて彼女は年齢相応の普段着というものを着用するようになった。そもそも、フリージアの同盟国でありながらユリエ教に感心していないベルダートの地では、その特徴的な黒き装衣は纏わないつもりではあったが。
 偶然にもこの場に居合わせた彼女−−モニカは、事態を引き起こした人物を確かめなければ気が済まなかった。
 王都を見晴らせる高台に辿り着いたモニカは、遂にその人物を見つけ出したのだ。

「そういえばこんな目立たない場所もあったと思って来たけど、やっぱり此処にもあいつは居ないか」

 木陰に身を隠したモニカには気付かないのか、背を向けたままそう言ったのは長身の女性。寒い季節だというのに露出の高い服装で、浅黒い肌を晒している。彼女は錯綜した王都を見下ろし、残念そうに肩を落とす。そして彼女が何か呟くと同時、王都をのさばっていた魔獣の姿は一斉に消えた。
 そこで初めて、女性は背後を振り返る。

「ところであんた、何者だい? そこいらの奴とは雰囲気が違うようだけど」

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