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 ターニャらと合流しようと船内を歩いていると、彼女たちの方もこちらに向かってきているのが見えた。エルスは一瞬ターニャと眼が合ったが、彼女は隠れるように視線を逸らした。

「昨晩、何か変わった事は有りましたか? 特に何も無いなら、このまま朝食に向かいますけど」

 ユシライヤがいつものように訊ねる。そこでエルスが口を開こうとしないので、エニシスが前に進み出た。

「あの……実は、皆さんにも手伝ってほしい事があるんです」

* * *

 エルスの失せ物についてエニシスから知らされると、ターニャらも一旦客室に戻り、部屋の隅から隅まで、各々の荷物の中も調べる事にした。しかし未だ何処にも、見当たらない。
 エルスは誰よりも早く諦めたようで、途中で手を休めた。寝台に腰掛け、俯いたまま話し始める。
 ベルダートで母を看取った後、自分の名が刻まれた墓石を見た事。信頼していたシェルグに刃を向けられた事。王都の民がエルスを認識していなかった事。
 それを今まで口にしなかったのは、つまるところ認めたくなかったのだ。そのすべてを吐き出した後、

「……実はあれ、兄上から貰ったんだ」

 エルスの告白に、瞬間的に周囲の音が止んだ。仲間の視線が、彼に集中した。

「元々、兄上が付けてて、それが凄くかっこよく見えてさ。僕にとって兄上は憧れで、でもずっと届かないところにいる人だった」

 エルスは幼い頃、シェルグが居ない間を見計らって、こっそり彼の自室に入った事がある。叔父が気に入って、いつも片側にだけ提げている耳飾り。そのもう片方が棚の中に仕舞ってあるのを見付けた時、エルスはそれを勝手に持ち出してしまった。
 お揃いの物が欲しかった。近くて遠い存在の彼に追い付ける為の、何かが欲しかったのだ。

「すぐにバレちゃったんだけどさ。でも兄上は怒らなかった。逆に……」

『これはリオが−−父王が私たちに残した物だ。もっと早くにお前にも渡すべきだったな。私が悪かった』

 と、シェルグはそのままエルスに耳飾りを譲ったのだ。
 父親から−−もしくは叔父から何かを譲り受けたのは、それが最初で最後だ。特にリオ王に関してはエルスが僅か二歳の時に行方知れずとなっていた為、その銀細工は彼の想像の中で、父親の像を形作る切っ掛けとなり得た。
 それから歳を重ねてきたエルスにとって、それは良い思い出でもあり、記憶の中の優しい叔父自身でもあり、初めて触れた父親の温もりでもあり続けた。
 母が亡くなってからは、それが唯一の故郷との繋がりであるかのようにも思えた。だから、シェルグがその耳飾りを付けなくなってしまって大分時が経った今でも、エルスはそれを大切にしてきたのだった。

「でも、もういいんだ。兄上も……他の誰も、あそこには、僕を必要としてる人はいなかったから」

 つい、枷が外れて、溜め込まれていたものが滑り落ちてしまった。三人は言葉を失った。彼が手放そうとしているものの本質を知ってしまったから。
 ただ一匹−−獣の姿のファンネルだけは、彼の言葉に構わず、なに食わぬ顔でその場を離れた。

「……貴方のお気持ち、理解しました」

 静寂を破ったのはターニャだ。彼女はそれだけ言って、ファンネルに続くかのように退室した。

「まだ、手を付けていない箇所があります」

 と、再び訪れた沈黙の中、最初に手を動かしたのはエニシスだった。

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