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「私がお前の何処を気に食わないか解るか?」

 親しかったはずの叔父の声が、エルスの耳に届いた。それは闇の中で響いてきて、相手は決して顔をエルスに見せてはくれない。

「お前は今まで守られてきただけだ。お前にとってそれが当然の事だった。あまりにもその居心地に慣れ過ぎて、其処を出ようと行動をしなかった人間だ」

 それは違う、とエルスは答えた。いつだって自由を望んでいて、それでも叶わなかったのは、母の規制があったからだ。従者のユシライヤだって、いつも心配をしていた。わざわざ危険を冒してまで、彼女らを悲しませる事はしたくなかった。

「そうやって、お前自身の責任を他人が被ってくれると思い込んでいる事、孤独を自由と履き違える事、そしてその自覚の無いところだ」

 孤独。そんなものは望んだ覚えは無かった。たまには、一人で気持ちを整理したくなる時だって、エルスにもある。だが、彼は置き去りにされる悲しさを知っている。シェルグのあの時の言葉だって、偽りである事を望んでいる。

「お前は傲りの塊だ。見えていないものが多過ぎる。一歩だけでも、其処から抜け出してみろ。きっとお前は絶望するだけだ。その存在は、理から見放されただけだという事実に」

 彼は、これ以上苦しみを味わえと言うのだろうか。見えないものを、知ろうとする度に傷付く。未来には、そんな悲しみしか待っていないのだろうか。何故、彼はそう言い切れるのか。彼との過去は今となっては羨ましい位に輝いていたのに。実はそれすらも、偽りであったのだろうか。

 何かを叫んだかもしれない。エルスはそこで目を覚ました。隣の寝台では、エニシスが静かな寝息を立てている。
 そこでようやく、彼自身が今居るのがシェリルの街の宿だと思い出し、ベルダートに背を向けたのを思い出した。彼はもう戻らないと決めたはずだった。だから、シェルグの言葉を真実として受け止める勇気は無く、過る思いを振り切った。

* * *

 一行は、シェリルで一晩休息した後、そこから幾らか北東に進み、フリージア港で船を待っていた。待合室は旅の者で満員になっていた。なんでも、厳しい寒さのフリージアから船が出航するのは、春の訪れを待つまで、この日が最後なのだという。
 エルスは初めての船旅に興奮が冷めきらない様子で、船が来るのを今か今かと待ち受けていたが、ターニャはそんな彼に違和感を抱いた。王妃の危篤を聞いた時の彼はとても見ていられない程だったが、再会して以来、以前のように笑顔を見せて、悲しみを一切表さないのが、逆に不自然に思えた。
 エルスとユシライヤが王都から歩いてきたのを確認した時、ターニャは二人に詰め寄ったのだ。

『エルスさん、大丈夫でしたか!? 一度、呼応石が貴方の術に反応したのです。何があったのですか?』

 しかし、エルスは決して何も起こらなかったかのように振る舞い、先を急ごうと促したのだった。ファンネルはそれに同意したし、ユシライヤも何も言わなかった。だから、ターニャもそれ以上は追求できなかったのだ。

 寒空に帆を揺らし、今季最後の船が港に到着した。エルスはその姿を一番に間近で見たいと、駆け足で待合室を出ていった。呆れ顔でユシライヤが後を追い、慌ててエニシスも続いた。ターニャはすぐには追い掛けず、しばらくその様子を見ていた。

「私は……彼の事を、本当の意味で救えていると言えるのでしょうか」

 独り言であったのか、それとも籠の中で丸くなるファンネルに向けて発したのか、そのターニャの問いには、答える者は誰も居なかった。

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