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 翌日。朝と言うには少し遅れて起床した二人を引き留めるかのように、屋敷にある物が届けられたとレーヴが言った。

「兄君様より、贈り物ですよ」

 それは、ユシライヤの眉を潜めさせるに充分すぎる言葉だった。それを聞いたエルスが尋ねる。

「へえ、ユシャって兄弟いたんだ」

 長く共に居たというのに初耳だった。兄、という単語にはエルスの心に引っ掛かるものがあったが、彼は内心を悟られないように努めた。

「自分は別にそう思ってなんかいませんけどね」

 ユシライヤはぶっきらぼうに言って、レーヴが持つ木箱を渋々と受け取った。それは想定よりも細長く、重みがあった。
 そこには片手で扱う長剣が納められていた。何か紙切れが挟まれているのに気付き、ユシライヤが取り出して読んでみると、これは本来ならば自分が受け取るべきものではなかったと知った。宛て名が兄になっていて、送り主は父だった。

「こちらは、騎士になりたいと言い出した兄君様に、父君様がお贈りしたものらしいですな」

 レーヴが説明した。しかし、剣を見る限り、使い古されているという感じではなかった。むしろ一度も触れられなかったかのように、柄も剣身も、傷や汚れ一つ無かった。
 何故、兄はこの剣を持たなかったのか。ユシライヤは疑問に思ったが、実際にそれに触れてみて、ある事に気付いた。鍔の裏側に、家名の『ロイアット』が刻まれていた。これでは、今の彼は持ちたがらないだろう、とユシライヤは納得した。

「しかし、妹君には何も告げぬまま箱を寄越してこられるとは。ユシライヤ様もそうですが、照れ屋さんでございますなあ、兄のロアール様も」

 再び感激の涙を流すレーヴだが、ユシライヤは顔を強張らせた。

「兄の……ロアール?」

 彼女が反応を示した部分に、エルスも聞き流す事が出来なかった。
 ロアールという名前の騎士を、エルスも知っている。まともに会話をした事すら無いが、王都護衛軍の総指揮官として、そしてシェルグの側近として、騎士団の中心に居る存在だ。彼がユシライヤの兄なのか。しかし、家名はそれぞれ違ったはずだ。ロアールは確か『イスナーグ』を名乗っている。人違いだろうか。

「……だから自分は、あの人を兄だとは思っていない、と言ったでしょう」

 エルスの声無き疑問に、ユシライヤは答えたかのようだった。
 彼女は剣を取り出すと、木箱をレーヴに預け、その場で何度か剣を振った。そして満足そうに頷き、鞘に入っていた安物の剣を捨て、新たな剣を納めた。
 レーヴには「世話になった」と告げ、彼女はそのまま歩き出す。エルスが慌ててその後を追った。

「さあ、これから何処へ行きますか?」

 従者が振り向いたので、エルスは迷いも無く答える。

「ここを出よう。ターニャとエニシスが待ってるから」
「……それで、良いんですね?」

 まるで、彼が故郷と永遠の別れとなるかのように、ユシライヤは尋ねた。エルスの答えは変わらなかった。

 エルスが苦渋の決断をしたので、従者も同じく、決意を改めなければならなかった。

「私は覚悟を決めました。それで、良いんですよね……兄さん」

 その響きは、懐かしいというよりは記憶に新しく、ユシライヤの中で谺した。



_Act 6 end_

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