54

 短剣を振りかざしたその時、背後から何かが駆けてくるのに気付いて、シェルグはそちらに振り向いた。呆然とするエルスをそのままにして、標的を変える。視線の先には、彼が最も自分の思い通りにならないと感じる人物の姿があった。

「ユシャっ!」

 護衛騎士の存在を見て取ると、エルスは幾らか我を取り戻したようだ。
 しかし彼の前では、既に望まない争いが繰り広げられていた。シェルグは短剣を利き手ではない方に持ち替え、腰の長剣を抜き、ユシライヤの攻撃を受け止める。二人の剣撃が何度か甲高い音を立てた後、ふとシェルグの剣が、ユシライヤの頬を掠める。そしてユシライヤの剣が、シェルグの利き手を掠める。互いに一旦退いて、次の行動に備えた。

「すみません、エルス様。一人にしてほしいと言われたのに、心配で……付いてきてしまいました」

 視線をシェルグに向けたまま、従者がそう言ったのを、エルスは責めようとも思わなかった。ただ、今起こっている事が真実なのか、それを問い質したかった。
 しかし、その必要は無いとでも言うように、シェルグはさも楽しそうに言い放つ。

「心配……か。それは私への疑念か?」
「まあ、そんなところです」
「残念だな。ああ、実に残念だ。貴様に真実を見抜ける程の器量が備わっていないとは」

 エルスには理解出来なかった。城内でも度々くだらない事で言い争いをしていた二人だったが、それは冗談の通じる者同士のふざけ合いなのだと思っていた。しかし、彼らは互いに切っ先を向けている。言葉だけでなく、相手を傷付ける事の出来る武器を。

 先に動いたのはシェルグだった。彼は対象に素早く斬り掛かる。ユシライヤはいとも簡単にそれを回避したが、次の攻めの一手が加えられるのは、彼女の予想よりも速かった。ユシライヤが右に避ければ、予測されていたかのように右に剣撃がやってくる。ユシライヤがしゃがみ込めば、足元を狙って剣は地面の上を踊った。シェルグは両腕の武器を器用に使いこなし、ユシライヤに攻撃の隙を与えなかった。
 息の上がったユシライヤの防御が僅かに遅れ、シェルグがついに彼女の左肩に傷を負わせた。ユシライヤは、微かに苦痛の声をあげ、その場に崩れ落ちた。シェルグの方は、彼女への追撃を一旦止め、剣に付いた相手の血を振り払い、笑みを浮かべた。
 大地の上に点々と描かれた赤色と、対照的な二人を見つめ、エルスは叔父に掴み掛かった。

「やめてよ、兄上! どうして、こんなこと……」

 しかしそれは、迂闊であった。邪魔者が入り込んでさえ来なければ、シェルグの狙いは初めからこちらだったからだ。

「何故、こんな事をするのか……だと?」

 シェルグの声色が風に響いて聞こえた時、ユシライヤは立ち上がろうとしたが、遅かった。
 エルスは悲鳴を上げた。短剣が彼の胸を刺し貫いていた。その切っ先が血で濡れているのが、ユシライヤにも見えた。
 護るべき者の名を呼ぼうとして、ユシライヤは言葉に詰まった。正しくは、声を出せない程の痛みが彼女を襲った。武器を落とした手で、みぞおちの辺りを押さえる。「こんな時に」と、ユシライヤは思った。彼女には、創傷とは別の苦しさが纏わりついていた。

 短剣が引き抜かれると、エルスの身体はそのまま仰向けに倒れた。硬直した甥の姿を見下し、シェルグは彼が抱いた疑問への回答を紡いでいった。

「まず、先程も言ったように、お前は生きているべき人間ではない。義姉上亡き今、お前はこの国に存在していないのだ」

 慕う者への嘲笑だけが響く空間に耐えきれず、ユシライヤは怒りに震わせた手を、落とした剣へと伸ばした。
 それに気付いている様子も無く、シェルグは続ける。

「それと……単純な理由がもう一つある。私が、お前を気に入らないからだ」

[ 55/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -