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 ベルダート王国は長い間他国との干渉を控えてきた小さな国だ。陸続きのフリージア国とも近年に共和同盟を締結したばかりで、それまでは対立関係とも言える間柄だった。
 遡ること十数年、“異端者”は凶暴な獣を大勢連れてフリージアの地に舞い降りた。それらは圧倒的な力で人間を襲い、街を破壊し、多くもの人間がその犠牲となった。
 戦いは長期に渡ったが、ベルダート王国国王であるリオも討伐に参戦した事もあり、国は危機から救われた。
 しかし、それから僅か数日後、国王リオは行方知れずとなる。
 その事件以来、王の代わりに国政を執り行う事となったベルダート王妃は、異国との親交を深めるべきだとフリージアとの同盟締結を提唱する。二国間に交わされた同盟文には、様々な内容が記される中、以下の記載が何よりも強調されていた。

 異端者である天上人とは、如何なる理由があれ手を取り合ってはならない−−

 王都は騎士団によって守られている為に安心だというが、一歩外に出てしまえば天上人や獰猛な獣が隠れ住んでいる。王妃は息子に対し何度もそれを口にした。だから城の外に出てはいけないのだと。
 だが、どうにも腑に落ちない思いをエルスは幼い頃から抱えている。

「兄上もユシャも他のみんなも自由に外へ行けるのに、なんで僕だけ駄目なんだろう」

 独り言のつもりが、彼が思っていたよりも声が響いたようだ。先導するシェルグが反応し、歩みを止めて振り返る。

「義姉上にとってお前が特別だからだろう」
「そうなのかな。僕はみんなと同じような事をして過ごせるほうが嬉しいのに」

 例えば、シェルグの腰に提げられた長剣。それは自身を護る為のものだ。彼のほうが騎士団員に剣術を指南する事もあると言うから、相当な腕前なのだろう。
 エルスのほうはと言うと、その術を教わる事はおろか剣を持たせてもらった事すら無い。
 護衛役のユシライヤに言わせれば、エルス自身が手を汚さずに済むように自分が居るのだ、という事らしい。
 しかしエルスには、そういう扱い方をされるべき人間だという自覚が無い。

「いずれ理解できる。お前にはその時がまだ訪れていないだけだ」

 自分はまだ幼いという事だろうか。それがいつまで続くのか、エルスはわからないまま、先に進んでいってしまうシェルグを追い掛けた。

 いつものこの時間なら、城内を見回る騎士はエルスが自室以外の場所に居るのを見掛けると、彼を捕らえようと追い掛けてくる。そしていつの間にかエルスが脱走したという通告がユシライヤに伝わっていて、呆気なく部屋に帰されるのだ。
 しかし今日は叔父が側に居るので、居合わせた騎士は皆一様、シェルグに敬礼を済ませた後で、珍しいものでも見るかのようにしてエルスに視線を向けるだけだ。邪魔をしてくる者はいない。

 シェルグが立ち止まった扉の前でエルスも同じく立ち止まる。連れてこられた彼にもその場所には心当たりがあった。
 装飾など一切施されていない重厚な扉。その先に地下へ繋がる階段があるのをエルスも知っているが、立ち入りを禁じられてからは一度も近付かなかった。
 シェルグは幾つもの種類の鍵の中から、一つだけ赤みを帯びた鉄鍵を扉の錠前に挿し込んだ。
 鍵を回すその手をエルスが止めたのは、彼自身も無意識のうちであった。

「どうした? 怖くなったのか」

 そう言われると、首を横に振り、掴んでいた手を下ろす。
 怯えて俯いてしまった甥の頭の上に優しく手を置いて、シェルグは鍵を開けた。

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