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 奴らに知性があるかは定かではない。相手の不利を見抜いたか、それともただの偶然か、魔獣は円陣の中央の人間に標的を集中させたようで、ユシライヤの横を通り過ぎて、その一点を目指した。
 ターニャはそれに気付いたが、瞬時に武器を形成することは叶わず、守るべき人間にまでその魔の手が及ばないよう少し前に出て、向かってくる敵には、ただ目を閉じるしか出来なかった。

 背中を疾る苦痛に、ユシライヤの表情が歪んだ。ターニャの目前に急に飛び出してきた彼女は、代わりに魔獣の爪を受け止めていた。
 せめて盾になり続ければ良い。ターニャ達が無事でいてくれて、ゲートが開けるまでの間だけでも、身体がもってくれれば良い。だからユシライヤはそこを動かなかった。
 エルスは不思議に思った。何故その役目が自分ではないのか。自分なら、どうせ痛みも一瞬で終わるのにと。しかし彼が一歩でも動けば、ユシライヤはそれを制止した。
 庇われた事実を受け止める事が、ターニャには出来ずにいた。自分の背中に、彼女の両腕の温もりが強く伝わってくる。向かい合う彼女に、ターニャは疑問を投げ掛ける。

「どうして、貴女が私を」
「さあ。自分……なんかより、出来る事があるから……でしょうかね」

 声を絞り出した後、全身から力が抜けたように、ユシライヤはターニャに覆いかぶさるように倒れ込んだ。
 それを見たエニシスは、思わず弓を持つ手を降ろす。攻撃の意思を失ったのだった。

 −−刻が、一瞬止まってしまったかのようだった。

 突然の閃光。空から降り注いだ光の雨が、矢のように魔獣を貫いていく。
 それこそ無慈悲な光景だったかもしれない。しかしその雨は決して、エルスらの上には落ちてくる事はなかった。何故なら、彼ら五人が収まる円陣が光を取り戻していたからだ。その円柱は、他者の干渉を許さない。魔獣はその中に入り込めないまま、雨に打たれて絶命した。
 積み上げられ、二度と動かなくなった魔獣の群れに、空も怒りを忘れたかのように静まった。
 ほんの僅かな時間のこと。永遠的にすら思えていた戦闘が嘘であったかのように。

 光の円柱は、ターニャの次の言葉を待っていた。ミルティスへのゲートはもう、開かれていたのだ。
 しかし、術者二人の手元に杖が戻ってきた訳ではなく、ましてやその為の詠唱などしていない。となると、可能性は一つしかなかった。

「創始者様……」

 ターニャとフレイロッドの声が重なる。彼らの視線は上を向いていた。呼ばれたのを合図にしたかのように、小さな光の粒子が舞い踊ったかと思うと、そこから一人の人物が姿を現した。
 まるで生きている人間のものとは思えない、透き通るような銀の長髪と蒼白の肌。氷のように崩さない表情。
 創始者と呼ばれたその人物は、疲労困憊の二人の部下の姿、紋章の宿主、魔獣の遺体の山−−と視線を移していって、何かを悟ったように言い放つ。

「状況は想定以上に悪い。いや、最悪だ。まずば説明をしてもらわないとな」

 ターニャとフレイロッドは、合わせる顔が無いといった様子で、彼から視線を反らした。しかし、返答は忘れてはならない。

「はい……創始者様」

 二人の声が重なる。

 創始者が一言、詠唱をすると、円陣の中の光はより一層輝きを増した。外部からは中の様子が見えない程の強い光だ。
 やがて光は彼らの姿を隠したまま、その存在と共に消えていった。白い大地の上に残されたのは、いずれ刻が風化させてしまうであろう、史書に記されるものとしてはほんの一部にしか過ぎない、小さな争いの跡地のみだった。



_Act 4 end_

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