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「まさか、呼び寄せた−−とかじゃないよな」

 ユシライヤが真っ先に剣を抜いて臨戦態勢をとる。

「あなた達二人は、さっきの続きをしていれば良い。エニシスは弓か何かで支援できるだろ」

 緊張の面持ちで頷くエニシスに、「間違っても私に当てるなよ」と彼女は笑った。
 従者の考えている事はすぐにわかる。余裕ぶった表情をしていても、本当は勝機などない争いに、自身を捨て置くつもりなのだ。エルスは「それは無茶だよ」と、彼女の手を引いた。

「じゃあ、他にどうしろと? 自分みたいなのは、こういう時にしか役に立たないんですよ」

 そう言ってエルスの手を振り切り、ユシライヤは群れの中に飛び込んでいった。

 大地が安定を取り戻さないうちは、ゲートを開けない。それまでの時間稼ぎだ。ターニャもフレイロッドも、術で敵を迎え撃つ。ユシライヤとエニシスだけでは到底無理だろう。

「エルスさんは、円陣の中央に居てください」
「でも、それじゃあ……」
「どんな事態に陥っても、貴方だけは守らねばなりません」

 ターニャは譲らなかった。それは、彼女の使命として。言うなればエルスに対してではなく、オルゼの紋章を持つ者に対して。偶然当てはめられたそれだけの理由で、彼は守られなければならない。
 エルスは従うしかなかった。そもそも戦う術を持っていないのだから。比較的安全な場所で、見守るしか出来ない。

 ターニャとフレイロッドの紋章術が、広範囲に広がる敵を蹴散らしていく。運良く術を逃れた魔獣は、ユシライヤの剣撃かエニシスの弓射によって打ち払われる。しばらくはその連係が続いていた。
 しかし、先が見えない程に敵襲は勢いを弱めようとはしない。数が多すぎる。無限であるかのように湧いて出てくる相手に対して、こちらの数は四人、彼らの体力は無限ではない。
 加えて、未だゲートを再稼働させる準備が整いそうに無いのだ。
 最初に限界を迎えたのはフレイロッドだった。捕らえられていたせいで、体力も精神力も消耗していた。彼の精神が集中を途切れさせると、長杖は手元から消えてしまった。
 ターニャ一人の紋章術が相手の力量に追い付くはずがなく、ユシライヤとエニシスの相手も必然と増えていった。
 ユシライヤが、頬を伝う汗と返り血を拭った時だ。その一瞬の隙をついて、一匹の獣の赤黒く長い舌が彼女を狙った。ユシライヤは咄嗟に剣でそれを受ける。そして反撃に構えた時、彼女はそれが不可能だと知った。舌が触れたところから、剣が溶け出している。剣も使い物にならなければ、自分の体も同じ結末を辿るだろう。彼女は後退を始めた。
 大きな蜥蜴のような、その長い舌を持つ魔獣は、近くを見渡すだけであと五、六体が迫ってきている。彼女の知る限りではきっとあれが一番危険な相手だ。そいつらだけはせめて、円陣には近付けさせたくはない。

「ターニャさん、出来ればあの蜥蜴に狙いを定めてください」

 対象から目を反らさないまま、ユシライヤが後方に指示を出す。しかし返事はなかった。
 振り向けば、ターニャは膝と両掌を地面に付けて肩で息をしていた。術の行使に必要な杖も既に消えてしまっていた。
 慈悲のない魔獣は、瞬く間に中央を目指し詰め寄っていく。エニシスはまだ矢を射るが、その侵食の早さには間に合わない。彼の体力も限界が近いはずだ。

 ユシライヤは剣を放り投げて、駆けていった。
 剣が無ければ、盾にならなければならなかったからだ。


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