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信者は増えていく一方で、何の教えがあるのか明確ではない謎の集団。それがシェリルの地に置けるユリエ教という存在だった。
信者だった人間が、黒装束を脱ぎ捨てて教会地下の檻から脱出してきた。音信を途絶えさせていた、友人や家族の元へ帰っていくのだ。
その様子がフリージア兵士の目に留まらないはずはない。黒装束を着たままの“聖職”は、彼らによって次々と捕らえられていった。
神の虚像にすがり悪行を隠蔽しようとしたユリエ教は、いずれ崩壊するだろう。しかし、未だ彼らの目的は明らかではない。それすらも黒という色で隠された、他の干渉を許さない集団なのだ。
追いかける兵士と、逃げ惑う聖職者の痕跡が、白い雪の上に広がっていく。剥がれる装束と、暴かれる虚妄。モニカはただ一人、その波の中に呆然と佇んでいた。
「父さまが、いない。ユリエが、オルゼに勝てなかった……オルゼの宿主が、父さまを奪った……」
* * * 時は夕刻、三度目の紫の刻が訪れようとしていた。
ミルティスの二人にイースダインだと示されたのは、荒れ果てていて、特別な力があるとは到底思えない、何もない場所だった。目印も囲いも無く、エルスらにはどの辺りがそうなのか、検討もつかない。
長杖を手元に形成すると、フレイロッドはその杖で地の上に線を引いていく。線の始点と終点が重なって、五人がその中に収まる位の円が描かれた。フレイロッドは一言、何かを唱えた。すると、その円陣が眩く瞬き、円の中央に石板が現れた。その碑石には文字が刻まれている。
「ターニャ様、こちらを詠んで頂ければ、ミルティスへのゲートが開きます」
言われる通り、ターニャは石板の前に立ち、そこに書かれた古代の文字を詠った。
すると、大地の円陣から光が上がり、天へと届くかのような光の円柱が出来上がる。それがミルティスへの通路で、ゲートと呼ばれるものだ。
「本当に、天上界に行けるんだな」
エルスは疑っていた訳ではない。いざ目の前で行われる儀式に、期待を抑えられなくなるのだ。
「天上界……? 貴方達、誤った認識のままで此処まで来たんですか。まあ、その方が良いのかもしれませんが」
フレイロッドは呆れたかのように言った後、四人を輪の中へと誘った。エルスらがすべての真実を知る必要もない、彼はそう納得したのだった。
ターニャがあと一言を唱えれば、ゲートは作動する。しかし、彼女はどこか浮かない表情をしていた。フレイロッドに声をかけられ、やっと我に返るといった感じだ。
彼女の使命はもうじき終わる。呼応術を成功させれば、エルスは紋章の緊縛から解かれ、オルゼの紋章はミルティスに留まる事が出来る。しかし、彼女は前に進むことを躊躇っていた。あの男の存在が、彼が放った言葉のすべてが、ずっと引っ掛かって離れない。
刹那、ゲートに歪みが生じた。ターニャの心の揺らぎを表すように。彼女自身もそれに気付いた。中は危険だと判断し、四人にゲートの外へ出るように促すターニャ。自分もそれに続いた。
ゲートは光を失ってしまった。石板も消え、元の荒れ地に戻った。フレイロッドは再度ゲートを開こうと長杖を取るが、大地の状態を見るだけで、それを断念した。
「しばらくの間、こちらからは開けなさそうです」
フレイロッドが言うと、ターニャは自らの未熟さを恥じた。しかし、今の彼女には嘆いている時間すらも与えられなかった。
「みなさん、たくさんの……何かが、迫ってきています」
最初に気付いたのはエニシスだった。彼は辺りを見回しながらそう言う。
エルスらにはその何かの姿はすぐに捉えられなかったが、身構えていると、やがてその正体が明らかになる。四方八方から種族も様々な魔獣が、群れを成してこちらへ侵攻してくる。相手は圧倒的な数で、すぐに囲まれてしまった。
数本の枯れた木々、広い平地。隠れられる場所など無い。そいつらは文字通り“出現した”のだ。
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