35

 −−長い眠りに就いていたかのようだった。
 身体が動き出す前に、意識を先に取り戻した。冷たくなった手が誰かに握られて、体温を取り戻していく感覚があった。何度も自分の名前を呼ぶのは、知らない、あるいは憶えていない男性の声だ。
 ようやく瞼を開けると、自分は抱き抱えられていた。
 自分を腕に抱いて、階段を駆け上る男性。自分と同じ色の髪、同じ色の瞳。もしかしたら自分と同じ血を分け与えられた人間なのかもしれない。そう思う程に似ていた。
 冷たく、暗く、じめじめとしたあの狭い空間から、彼が自分を助けてくれた−−

 酷い湿気と錆の匂いの上、エルスは倒れている自分に気付いて、それが現在の状況とは違う、過去の記憶だということを思い出した。何故、今になってその記憶が呼び起こされたのだろうか。
 たとえ傷を負って救われなくとも、身体は生き永らえる。その事を知ったのはつい最近だ。
 彼はターニャを庇ったのだった。思っていた通り、その身体は痛みも傷跡も残さない。気を失っている間、仲間は無事でいてくれただろうか。

 エルスが見たのは、苦しみもがく黒装束の男。
 詠唱を中断したターニャも、男に武器を向けるユシライヤも、彼女の側まで駆け付けたエニシスも、その状況を飲み込めていない様子だった。
 男は苦痛に苛まれながらも、目覚めたエルスを捉えては笑みをこぼした。

「傲らないことだ……オルゼの器。その身体は、いずれ滅ぶ。そして、他者をも滅ぼす」

 それは忠告だった。しばらくの間苦しみ続けた後、男は踞る。彼の身体が幾つもの光の粒子に包まれたかと思うと、次の瞬間にはその姿は跡形も無く消えてしまった。
 その床上に、からん、と音を立てて何かが落ちる。静まり返った空間で、恐る恐るターニャはそれに近付いた。
 男がいた場所に落ちていたのは、指に嵌められるように金属の輪に取り付けられた、黒色の石だった。男の術の行使に必要な物だったのだろうか。ターニャはそれを回収する事にした。

 ターニャの元にエルスが駆け付ける。ほぼ同時に、倒れていたフレイロッドが目を覚ました。

「早く、ここから脱出しましょう」

 そう言ったターニャが握り締めていたのは重圧だ。男が消えようと、先の不安は拭えない。その重みは、どこまでものし掛かるのだ。

* * *

 一行は地下から無事脱出し、イースダインまではフレイロッドが同行する事になった。
 そもそもイースダインとはミルティスへ繋がる特別な通路の役割を果たすが、ミルティス所属の者以外には、目に見えてそれとは認識できる場所ではない。通路へ繋がるゲートを、術の行使によって開かなければならない。地上界へ降りた経験に乏しいターニャでは、一人でその門を開く事は出来なかった。その為、彼女を迎えようとイースダインへ降り立ったところを、フレイロッドはあの黒装束の男に襲撃されたのだという。

「それにしても、引き連れている人間が多すぎやしませんか」

 フレイロッドはあからさまに機嫌が悪い。真面目であるがゆえだが、ターニャ以外に向けられる彼の視線が否定的であるのも明らかである。

「お言葉ですが、ターニャ様。無関係の人間をミルティスへ連行するおつもりですか?」

 オルゼの宿主を探せとだけ命を受けたターニャだが、彼女はエルスの他に二人も連れている。ターニャはその二人と目を合わせてから、言った。

「決して無関係じゃない。それなら良いでしょう、フレイロッド」
「……俺は別に、何とも思いません。でも、創始者様は違いますよ」

 そう言って足早に行ってしまうフレイロッドを、四人は追いかけた。


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